プロローグ 2 『』が異世界語・「」が日本語 『―――タツキ、いよいよ我らの危惧する事態が起ころうとしておる』 その日の夢のなかで、三姉妹神のうち長女だと名乗ったサーラが厳かに口を開いた。 『そなたが幼き頃より何度も言ってきかせたことじゃ』 そう、次女ユーラが言葉をつなぎ、 『今宵、すぐにもそなたはかの国に降り立つことと我らは決めた。いざ、覚悟はよいな』 と、三女リーラの有無をも言わせぬ台詞で締められた。 『・・・・お、お待ちください! それはあまりにも急な・・・私は納得できません!』 達樹が抗議の声を上げると、三姉妹の巨大な六つの瞳が一斉にじろりと達樹を見下ろした。 『なんじゃと・・・?』 『納得がいかぬじゃと?』 『達樹の分際で、我らに意見するか』 年齢は不詳だが、姿かたちは妙齢の美女。 そんな三姉妹に睨まれると、背筋の凍るような迫力がある。なにそのジャイアンな理屈? と反論するよりもさきに、達樹は本能で小さくなった。 『い、いえ・・・あの、その・・・』 『我らがそなたの魂を選んだのは偶然という名の運命であったが、選んだ以上はそなたにも我らの加護のあるよう、そなたが生まれてより18の今まで良きように何かにつけ取り計らってきた。そうじゃな?』 『家族に苦労もなく、大病や大怪我もなかったであろう』 『そなたの魂がまっすぐに育つよう、我らの守護を多大に与えてきたのじゃ』 サーラ、ユーラ、リーラがそれぞれ順番に口を開くのを、達樹はただ黙って汗を拭きながら拝聴するしかない。 『は、はい・・・それはもう・・・女神さまがたのおかげで・・・』 『我らは常々そなたに申しておったな? これは、そなたの世界で言う”取り引き”じゃと』 『前払い報酬とも言うな』 『そなたに神の運気を授けてやったのじゃ。そなたがあの高校に進学できたのも、我らのおかげじゃ』 『そうそう。そなた本来の頭脳では学力が足りなかったであろうよ、ほほほ』 『そなたの母御が宝くじで百万当てたのも、我らの加護のおかげじゃ』 サーラの言葉に、達樹は「え?」と耳を疑う。 (なんだって? 百万? 年末ジャンボか? 聞いてない! 母さん何にも言ってなかった) 達樹の心の声を読み取って、ユーラが呆れたように胡坐の上に頬杖をついた。 『来月、ラスベガスというところに旅行に行くそうじゃよ。なんだ達樹、そなた聞いておらなんだのか?』 『き、聞いておりません』 ユーラに続き、リーラも呆れて声を上げて笑った。 『ほほほ。では内緒なのじゃな。母御は豪遊するとはしゃいでおったが。父御にも言っておらぬようじゃし』 『そうそう、そなたの父御が去年”部長”とやらに昇進したのも、我らの加護じゃぞ。我らがおらねばあの者は万年平社員じゃ。ほほほ』 『ちなみにおまえの弟にあんな可愛い彼女ができたのも我らのおかげじゃ』 ありがたく思うがよい。と、サーラも高笑いする。 妙齢の姿をした三姉妹は三つ子らしく、その顔は寸分違わずそっくりな美貌で、黙っていれば穏やかな目元と優しげな顔立ちだが言うことはキツイ。 言いたい放題の女神たちに、さすがに憮然となる。 (ど、どうせ平々凡々な人間だよ! うちの家族は!!) 「ったく、しつれーなオバサンたちだよな・・・」 思わず達樹が日本語で呟くと、ピシッと、静電気のような痛みがこめかみに走った。 『痛っ!』 じろりと、サーラが達樹をねめつける。 『これ、汚い言葉を口にするでない』 『申したであろう。そなたは我らの使いとしてかの地に赴くのじゃ』 『くれぐれも神子らしい立ち居振る舞いに気をつけよ』 『も、申し訳ありません・・・』 達樹が夢のなかで話しているのは、ユーフィール国のほか、ハリア大陸全土で使われているという言語である。 その言葉を、達樹は「神子らしく」美しい発音と丁寧な言葉遣いができるよう徹底的に仕込まれた。なので、達樹が話す異世界語は彼のキャラに似合わずすこぶる上品だ。 また、言語以外にも、達樹は三姉妹神からユーフィール国について歴史や地理、政治にいたるまで、まるでずっとその国で暮らしていたかのように、さまざまな知識を学んだ。 500年前から続くリサーク王家が治める強大な王国であり、気候は温暖、南に大きな港町を持つ商業国であるということ。 王家に忠誠を誓う騎士団が35もあるということ。 そして、神々を祀る神殿があり、ユーフィール国のリサーク王家ではその神々のうち、三姉妹神を国家安寧の氏神として篤く祀っているということ―――。 緑豊かな美しい国土じゃ。 かの国を語る時、三姉妹神はつねに誇らしげだった。
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