プロローグ 3



   『』が異世界語・「」が日本語



 さてタツキ、覚悟はよいな。
 再び静かな声音でサーラがそう告げたのを、あわてて達樹は遮った。
『お、お待ちください!!』
 涙目で訴えたのは、彼女たちが人の話を聞いてくれない傾向があるからだ。
 最初は神さまだからかと思っていたのだが、彼女たちから他の神々の話を聞いているとそうでもないらしい。
 彼女たち以外の神々というのに会ったことがないから推測でしかないが、どうやら彼女たちが苛々するほど温和な神もいるらしいし、首を絞めたくなるほど寡黙な神もいるらしい。
 どうせなら、温和だったり寡黙だったりの神さまの神子に選ばれたかった・・・とは、口が裂けても言えない。

『た、たしかに私は、いつかサーラさまたちのおっしゃるユーフィール国に参るつもりで生きてまいりましたが、今すぐにあちらへ旅立つというのはあまりにも・・・。私にも家族や友人がおります。せ、せめて十日、いえ一週間ほど猶予をいただけませんでしょうか』
 特殊な環境で育ったとはいえ、達樹はまだ18歳の高校生である。異世界の国を救う、という大それた目的の旅路に、いったいどれほどの時間がかかるのか想像もつかない。
 しばらく日本を離れる間の、その決別の挨拶くらいしておきたいじゃないか。
 たとえ、達樹が旅立っている間、周囲の記憶操作を女神たちが行うのだとしても。
 だから決別の挨拶など、達樹の自己満足でしかないのだとしても・・・。


 今は、深夜。
 友人どころか、家族でさえ寝入っているのを起こすのはしのびない時間帯である。
 ここが夢のなかである以上、達樹自身、就寝中なのだ。
(こんな、眠っている間に、誰にも知られずいきなり居なくなるなんて、したくない・・・)



 せめて家族の顔をしっかり見ておきたいし、友達だって・・・借りっぱなしのゲームソフトやマンガがある。
(そ、それに)
 達樹は自分の部屋の様子を思い浮かべた。

 六畳洋室の、西側の壁。
 作り付けのクローゼット。
 乱雑に吊るされた洋服たちの、その奥に。
(あ、あれだけは誰にも知られたくない!)
 勝手に掃除しに入ってくる母親に見つからぬよう隠された、達樹の秘蔵お宝AVたち。
 なかでもシリーズ全巻そろえてしまった『い・け・な・い秘書室』シリーズはマニアックすぎて、なんとしても処分しておかねばどうにも恥ずかしすぎる・・・!!

 立つ鳥跡を濁さず―――。

 お願いします! と米搗きバッタのごとく土下座で何度も頭を下げる達樹に、頭上から三姉妹神の白々とした溜め息が聞こえた。
『まったくのう・・・なぜに妾たちはこやつを神子に選んでしまったのか』
『ほんに・・・。このような情けない子供にかの国が救えるのか』
『といって、新たな魂を選びなおす時間は惜しい』
『ううむ』
 今更ながら、真剣に不安がる三姉妹神だったが、やがてポンとサーラが手を打った。
『祝福を与えておくか』
『おお、それはよいお考えじゃ』
『ほんに。このままではあまりに情けない。我らが祝福をそれぞれ与えてやれば、少しはまともな神子になろうというものじゃ』
 い、いえ、祝福じゃなくて時間をください・・・。
 と女神の足元で必死に懇願している達樹の声は、やはり聞いてもらえていなかった。


 長女サーラ神の白い手が達樹の頭上にかざされた。
『ならば妾は、妾の好む美しい容姿の祝福を与えようぞ。神の使いに相応しい、可憐なる花のようなかんばせと小鹿のごとくしなやかな肉体を授けよう』
 はるか頭上のサーラの手の平から、眩しく輝く黄金の光のシャワーが世界を埋め尽くさんばかりにあふれ出す。
「なっ! なんだコレ!?」
 すうっと、音もなく光が引くとともに、達樹は身体が変化していくのを感じた。
「ぎゃあっ!」
 視界に入る己の手足を見て、思わず悲鳴を上げる。
 慌ててパジャマの裾をめくってみると、健康的に日焼けしていた腕や脚の肌色が、抜けるような白さになっている。
 とっさに頬をこすってみるが、顔の輪郭がとにかく違う。手触りさえ、自分でいうのもアレだが、いつまでも擦っていたくなるような、餅肌。
 ズボンのゴムが緩く感じるのは、ひとまわり華奢になったウエストのせいだろう。
 白磁のように輝く手の指も、中学時代にバレーボールの授業で突き指した小指のゆがみがなくなっている。
 サーラが満足げに達樹のその姿を見下ろしているところを見ると、恐ろしいほどの美少年になっているようだ。
(ぎゃああ、俺、どうなってるの!?)
 あいにくこの夢のなかに鏡はないので確認できない。
 いや、鏡があっても怖くて覗けないだろう。


 次女ユーラ神の手が上がる。
『さすがは姉さまの祝福じゃ。神である妾でも思わず見惚れるほどに美しゅうなった。甘やかな花の芳香まで漂うようじゃ。・・・ならば、妾からは剣技の祝福を授けよう。触れなば落ちん儚げな風情の美童ならば、その貞操を狙う不埒な輩も数多おろうて』
『て、貞操っ!?』
 なんで男の貞操に危険が!?
 そんなら元の姿に戻してくれ!
 美少年なんかなりたくない! 剣なんか使いたくないって!
 余計なことしないでください! という達樹の言葉はもちろん完璧に無視されている。
『ほほほ。見た目はか弱き美少年に変貌したそなたなれど、男ならば戦って災いを退けよ。神が授けるからにはただの剣技ではないぞ。その美しい容姿にふさわしい、流れる風のごとき妙なる技じゃ』
 蝶のように舞い、蜂のように刺す感じじゃ。
 と笑いながらユーラの手からも黄金の光のシャワーがあふれ出、達樹を包み込んだ。
(モ、モハメド・アリかよっ!!)
 突っ込みを入れる隙を与えず、三女リーラ神の手がすっと上がる。
『ユーラ姉さまが剣技を授けられたのならば、妾からはその剣技にふさわしい神剣の祝福を与えよう。そなたにしか振るえぬ稀なる剣ぞ。祈って振るえば斬るも癒すも自在じゃ。天地開闢の折に我らが鍛えたものじゃ。ほほほ。そなたごときに下げ渡すのは惜しいが、そなたは我らの下僕じゃ。美麗なる神子の真白き手にただの鉄を持たせておくのも不愉快じゃしなあ』



 いつのまにか、立場が下僕になっていて、達樹はますます泣きたくなった。








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