プロローグ 4



    『』が異世界語・「」が日本語



 三度目、リーラの手の平から光があったかと思うと、達樹の右手に一振りの長剣が握られていた。
「うぎゃっ!」
 白銀に淡く光る、細身の剣。
 剥き身の両刃には、よく見れば細かい蔓模様の彫刻がある。達樹の腕の長さほどもある長剣だが、見た目にくらべまるで空気のように重さを感じない。
 だが、今まで生きてきて料理の包丁でさえ数えるほどしか握ったことのない達樹にとっては、切れ味鋭い神剣をいきなり授けられても迷惑なだけである。
 恐る恐る右手の剣をできるだけ遠くにやってうろたえているその様に呆れたのか、リーラが『おまけじゃ』と言って白い革の鞘を作ってくれた。


 美貌と剣技と神剣という三つの祝福を受けた達樹だが、三姉妹神はどうやら面白くなったらしい。
『その格好も頂けぬな。服装も改めてやろう』
 ついでとばかり、サーラはまたも手の平から光を出した。
 三年越しで着用している達樹のよれよれ熊柄パジャマが、肌触りのいい、上等な木綿の白の上下に変わった。
 長袖の、斜めに前を合わせる、膝まである長い上着。帯は二重になっていて、濃紺の幅広の帯の上に、鞘をさげるための革ベルトが巻かれている。足元は編み上げのサンダルで、スニーカーに慣れた現代っ子の達樹にとって履き心地のよろしくないことこの上ない。
『あ、あの、これは・・・』
『ハリア大陸の神官の出で立ちじゃ。まだ若いゆえ、その濃紺の帯で分かるとおり神官見習いにしたがのう』
 サーラの言葉に、次女ユーラもうむうむと頷いている。
『せっかくじゃ。ここまでお膳立てしてやったならば、もう少し飾ってやらねばなるまいの』
『いくら見てくれが良くなったとはいえ、中身はタツキのままじゃからのう。せめて見た目くらいは麗しくしておれ。よいか、決して外見(そとみ)を汚すでないぞ』
 ユーラとリーラの祝福によって、達樹の耳たぶと首元、手首と両手の中指など、見える部分にそれぞれ輝く宝石が飾られた。
 アラブの石油王のごとくごてごてと飾り立てられ、いよいよ男子高校生のあるべき姿から離れていく。
(ま、また余計なお世話を・・・)
 となげく達樹の心中などお構いなしに、三姉妹神はきゃっきゃと愉しげに声を上げて笑い、至極ご満悦であった。


『さてタツキ。いよいよかの地に行ってもらうぞ』
『え!? あの、猶予のお時間はいただけないのですか!?』
 すっかり神官見習いの美少年に変貌している達樹がサーラの言葉に驚いて顔を上げた。
 大きな黒目が潤んでいて、なんとも可憐である。
『一週間・・・いいえ三日、いえせめて一日なりともご猶予を!』
 とにかく、身の回りのものを整理する暇が欲しい。
 家族と友人と、それに秘蔵AV「い・け・な・い秘書室シリーズ全8巻」にしばしの別れを告げなければここから動けない。
(それだけは、譲れないって!!)
 紅顔の美少年にあるまじき理由で達樹は必死に訴えた。
『―――なにを言うのじゃ』
 長女サーラの片眉が不穏に上がる。
『ひっ』
『我らの祝福まで受けておいて、さらに猶予を寄越せとな?』
 勝手に祝福して達樹を弄んだことは棚に上げられている。
『あ、あの、その、みんなに挨拶をしたくって・・・』
『必要ない』
 ぴしゃりと、ユーラが言い切る。
『でも、その、家族が・・・』
『そなたがおらずとも今までどおりの加護はある』
『いえ、ですが』
『まだ文句があるか!!!!』
 ひいい! と、女神の迫力に達樹は縮み震え上がった。
『ええい、ちまちまと面倒な奴よ!そこまでこの地に挨拶がしたいのならばさせてやろう! とく行ってまいるがよいわ!!!』


 空気を震わす三姉妹神の怒号が響き渡るや否や。


 達樹はその場を吹き飛ばされた。
 ぼんやり霞がかかっていたような夢のなかの世界から、竜巻のような突風に巻き込まれて、達樹は自分の体が高速で落下していくのをリアルに感じた。

 耳元を襲う轟音。
 月の見える夜空に放りだされ、今、まさにスカイダイビングの状態で、雲の下へ真っ逆さまに落ちて行っているのだ!
(し、死ぬ・・・!!!)
 三姉妹神を怒らせたから、殺されるのだろうか?
(そんな!)
 来月から発売の「い・け・な・い秘書室シリーズ第二シーズン 丸の内OL編リターンズ」を見ずして死ぬのか?
 第一作目で、名作の誉れ高い「丸の内OL編」を超えるクオリティーだと高い前評判をマニアの間で受けている、「丸の内OL編リターンズ」を・・・!!!



 死んでも死に切れない、と歯を食いしばる達樹の脳内に、三姉妹神の声が聞こえた。
 ―――誰が殺すか馬鹿者めが。
 ―――丸の内、丸の内と、うるさい奴じゃ。そこがそなたの望む場所か?
 ―――なれば思う存分、別れを告げるがよい。


(え、挨拶って、丸の内って・・・)
 恐ろしいスピードで落下しながらも、うっすらと目を開いてみた達樹は、しかしすぐに落胆した。

(丸の内じゃない。ここ・・・兜町・・・)
 真夜中のビル群は、確かに日本の金融業界の大手企業のもの。
 兜町OL編って、第二シーズンで出るかなあ・・・。


 間近に迫った地上を眺め、そんなことを考えながら地面への激突に身構える。
(誰?)

 達樹を見上げて、驚いている人影がある。
(なんで? リーマン?)
 兜町のリーマン?

 いや。



 さよなら日本。しばしのお別れだ。


 それきり、達樹の姿は地面に吸い込まれていった。





 ―――のう、ユーラにリーラ、さっき、タツキをあちらに送る際、なにか引っ掛けなんだか?
 ―――姉さま、なにやら人が一人、引っ掛かったような。
 ―――なんと、ではかの地を知らぬただの人間を引っ掛けたまま行ってしまったと?
 ―――ほほほ! タツキめ、まったく面白いことをしてくれるわ。
 ―――姉さま、いかがしましょうぞ。
 ―――なに、どうもせぬでもよいわ。タツキは神子じゃ。あやつがどうにでもいたすであろう。
 そのために、十八年間も我ら直々に教育をほどこしたのじゃからな。
 ―――ほほほ。





 幸か不幸か、三姉妹神の最後の呟きは、すでに意識の飛んでしまった達樹には、聞こえることはなかった・・・。








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