第1章 1 『』が異世界語・「」が日本語 どうも陽の光が眩しいようだった。 「ううう・・・ほんとに死ぬかと思った。あの鬼ババ・・・じゃない女神さまたちのせいで―――」 割れるようなひどい頭痛にうなされて達樹が目覚めたとき。 「―――なに、これ?」 彼の華奢な身体を覆って、まるで抱き合うように見知らぬ男が気を失っていた。 びっくりして半身を起こそうとし、やはりこめかみに痛みが走ってまたうなされる。 「痛ェ!!・・・つーか、なに、これ、誰、このひと」 人体の重みを押しのけるようにしてその男の顔を見れば、灰色のさえないスーツを着た、じつに顔色の悪い青年である。 歳は三十台前半だろうか? いや、いまどきないぴっちり固めた七三分けの前髪で老けて見えるだけで、実際はもっと若いかもしれない。 閉じられた目の下にはくっきりと黒い隈ができていて、背広の衿から乱れてはみ出したよれよれの紺のネクタイが、青年の疲労を感じさせた。 鼻の前に手のひらをかざすとかすかに息があり、死人のようにひどい顔色ではあるが本物の死体ではないことに、とりあえず達樹はほっとする。 「あれ・・・もしかして、このひと」 どこかで見た覚えがある。 誰だっけ・・・とよくよく眺めて見ていれば、 「ああああ!!!」 紛れもない。 あのとき、地上にぶつかる寸前に達樹と目が合った、兜町のサラリーマンである。 「もしかしてこれもサーラさまの祝福のオプションなわけ? リーマンが俺にとってなんの祝福なわけ? いったいこれをどうしろっていうわけ!!??」 腹の上に乗っかったままのサラリーマンの身体を転がすように動かして、達樹は途方に暮れた。 「はあ・・・」 思わず振り仰いだ天を見やって、達樹はその眩しい青空に、ふいに我に返る。 (そうだ。パニくってる場合じゃなかった、俺) 落ち着け、落ち着けと心に念じる。 達樹は、三姉妹神から言い渡された使命を果たすため、この異世界に降り立ったはずだ。 (つーことは、ここがハリア大陸のユーフィール王国か。・・・森のなか、みたいだけどいったいどの辺りになるんだろう) 女神から習った地理からすると、たしか北方に山脈があったから、その麓辺りだろうか。いや、王都のお城の西側にも王家の森と呼ばれるものが広がっていたはず・・・。 そのどちらかは、とりあえずこの森を抜けてみないことには分からないだろう。 きょろきょろとまわりを見渡してみる。 頭上の梢の合間から陽光が射し、木々に囲まれてはいるが鬱蒼とした薄暗い雰囲気ではない。むしろ穏やかな、静謐な空気に満たされた、神聖ささえ感じる森である。 達樹は深呼吸してマイナスイオンをたっぷり吸い込んだ。 こんなにも緑が濃いのは森が健康な証拠。そう思うと、吸い込んだ空気はとても美味しく、じつに爽やかで一気に気分が上昇する。 耳を澄ますと、ぴよぴよぴよと笛を吹くような鳥の鳴き声と、かすかにさらさらと水の流れる音が聞こえる。多分そう遠くないところに川があるのだろう。 達樹はゆっくりと立ち上がった。 思考がクリアになるにつれこめかみを刺すひどい頭痛は消えていた。 やけに落ち着いている自分に感心する。 (よし。どっこもケガしてないよな?) まだ違和感のある華奢な手足(見れば見るほど女の子みたいだ・・・)を確認し、まずは外傷がないかチェックする。すねに無駄毛の一本もない柔らかな美肌にたじろぐが、とりあえずは見なかったことにする。 「と、とにかくケガがないのが一番!」 無理やり声に出して自分にそう言い聞かせ、それから首や肩の関節を動かしてみる。ついでに手首や足首もぐりぐりとストレッチの要領で振り回してみた。 「よし。筋も痛めてない!」 五体満足なようで安心安心。 達樹は腕を大きく天に突き上げて背伸びをした。 と、やがて足元でサラリーマンが身じろぐ気配がした。 「うう・・・」 喉の奥で小さくうなり、頭を押さえている。どうやら達樹と同じで目覚める際にひどい頭痛があるようだ。 その痛みに耐えるように歯を食いしばりながら起き上がろうとしているのを、達樹はすぐに腰をかがめてその背中を支えてやった。見れば額に脂汗が浮かんでいる。 気を失っているときから思っていたが、本当に死人のように顔色が悪い。 (なんだか不健康な奴だなあ。ちゃんとメシ食ってんのかなあ) 三姉妹神の加護もあって、日本ではすこぶる健康優良児であった達樹は、やつれた青年を心から不憫に思った。 「あの、大丈夫ですか?」 背中をゆっくりさすってやりながら、死にかけの死神のような風貌の青年に声をかけると、その青年は初めて達樹の存在に気がついたようで、ひゅっと喉の奥で枯れた悲鳴をあげて達樹を見上げた。 「・・・!」 青年は一瞬、驚愕のあまりにといった感じで目を見開き、次いですぐ間近にある達樹の白い顔を凝視し、最後に呆然と口を開いたまま固まって動かなくなってしまった。
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