第1章 7



   『』が異世界語・「」が日本語



 男はベッドの上に膝をかけて乗り上げると、腕を伸ばして総司の額や頬をまるで猫の仔にするように乱雑にさすった。
『さっきよりもずいぶんと顔色はましになったな。答えよ。おまえはどこの何者であるか。神官どもの言うとおり、まこと神の使いか?』
「?」
 森のなかでは逆光で分からなかったが、近くで見ると、男の瞳は深い緑色をしている。
 どこかで見たことのある色だ。たしか、総司の顧客の社長夫人がいつもしていた、美しい指輪。その、宝石の色。
「ああ・・・上等な翡翠だ」
 思わずもれた呟きに、男は目を見張り、すぐに背後の老人を振り返った。
『言葉が通じぬ。どうやらこの大陸の者でないのは確かだな。・・・マーシュ!』
『はい、陛下』
 老人ではなく、その脇に控えていた細身の若者が応えた。
 肩までの黒髪と白皙の顔、細い肩にすっきりした藍色の上着を凛然と羽織っている。
 男とこの若者以外はみな、老人と同じような白い上下に肩からななめに金の刺繍を刺した幅広の帯をかけた格好である。
 いずれにせよ総司の知識には、彼らの服装は世界のどの国の民族衣装にも当てはまらなかった。
『マーシュ。そちは外国(とつくに)の言葉について知っておるか?』
『あいにくと・・・。しかし、このハリア大陸のほか、わが国と交易のある三つの大陸の言葉も、多少の訛りの違いはあれ理解できぬほどの差異はございません。それ以外の大陸の言葉だとすれば、別ですが』
『ならば、よほどの辺境から現れたと?』
『その可能性は否定できませんが』
『辺境など! 陛下! その方は神々の国から降りられたに違いありませぬ!! 三姉妹神への供物に捧げたはずの金の牡鹿を狩りの獲物に陛下が愉しまれたことを、女神は怒っていらっしゃるのです!』
 たまりかねたように老人が口をはさむと、男は怒気を強めて睨みつけた。
『祭壇のまえで屠るのも、狩場で我が剣に葬られるも、所詮は殺生に違いあるまい。そなたらは余が女神たちを軽んじるとうるさいが、余は神を軽んじてはおらぬ。王は国を守り、神官は神殿を守る。それでよいではないか。お互いの務めを全うする。ただそれだけのいったいどこに難しいことがあろうか?』
『いいえ、いいえ陛下! 国の守護はそれだけでは成り立ちませぬ。女神が王家に加護を与えてくださらねばならないのです。その女神の怒りを買うような真似をなさってはなりませぬ!』
『やかましい!!!』
 男が、いっそう大きな声を張り上げた。
 近くで怒鳴られ、自分に向けられた言葉でないと分かっているのに、総司は思わず首をすくめた。
『―――余が即位して20年。余の治世においてそなたらに述べた見解は一度も曲げたことがないのは承知であろう。そしてこの20年、わが国になんの憂慮もないではないか。それが何故、今頃になって、たかが供物の牡鹿を狩ったごときで女神の怒りを買うことがあろうか。馬鹿馬鹿しい!!』
 男の声がさらにいっそう低くなった。
 と同時に、ぐい、と腕を強く引かれてベッドの上に倒される。
 男は枕元に落とされていた総司のネクタイを見留めると、さっと取り上げて素早くその両手首を背後でまとめ締め上げた。
「な、なに・・・?」
 まるで家畜をあつかうかのような乱暴な仕草に背筋が凍る。
 男は底冷えするほどに感情のない目で総司を見据えた。
『神官ども、今からこの者が真に神子であるかどうか試してやろう。そこで静かに見ておるがいい』
『陛下・・・? な、なにを―――』
 うろたえる老人の声が、ベッドに押し倒された総司の耳に聞こえてきて、これからなにかが自分の身に起こることを予感させる。
『この者が神子であるというのならば、その身を穢して貶めれば、遣わした女神の怒りが余に降りかかるのだろう? 怒りがあればこの者を神子として認めてやるし、なにもなければ、法度を破り森へ入った罪で処刑する』





 残酷な手が、いきなり総司のシャツの襟元にかかるや、ボタンを飛ばして引き裂いた。
 強い握力でスラックスのファスナーさえも壊し、下着ごと脚から引き抜かれる。
 背中の手首にシャツの残骸をわずかに引っ掛けた以外、裸に剥かれた総司の身体は、知らずベッドの上を後ずさった。
「や―――」
 男の大きな手のひらが、みすぼらしく浮き出た総司のわき腹の肋骨を押さえつけ、脚を割ってその長躯を割り込ませた。
 40も半ばであろう男の、その年齢に似合わぬ鍛え上げられた厚い胸板が総司を威圧する。
『陛下! お止めください!!』
『大神官さま、王命でございます。そこをお動きになりませんよう。お静かになさいませ』
 ひきつった老人の声を若者が諌めているようだが、目のまえに覆いかぶさってくる男の顔に総司の視線はただただ釘付けられていた。


 冷たく、静かなその眼差し。
 むしろ総司を責めるような視線に、総司は見覚えがあった。


 この死後の世界に来るまえに、嫌というほど向けられたのと同じもの。
 あの兜町のオフィスで。
 詰め掛けるフラッシュの嵐とともに。
 新聞記事の下で。


 総司に遺書を書かせる元になったもの。
 ああ、これは・・・。
(―――罪人を見る目だ)






 締め付けた肋骨が軋み、ぴしり、とひびの入る音が聞こえた。
「うっ・・・!」
 漏れたうめき声に、男の手が伸びて口を覆う。
 そのまま横向きに倒され、頭を枕に押し付けられた。
 悲鳴すら、総司には許されないのだ。
 あいた片手が総司の右足を持ち上げる。
 膝裏ごと強引に男の肩に乗せると、身体を押し付けるようにその腕が双丘を辿った。
 長く節ばった指がいきなり後孔に侵入する。
「・・・!」
 肌が粟立ち、痛みに脂汗が浮いた。
『狭い』
 不機嫌な男の声がぼそりと漏れ、総司を責める。
 掻き乱す指が増やされ、総司の痩せぎすった身体は痙攣して小刻みに震えた。
 ろくに解されないままのそこに、今度はなにか熱いものが押し付けられる。
(これは、僕への断罪だ・・・)
 ガラス玉のように虚ろな目をゆっくり閉ざし、総司は訪れる衝撃を待つ。
 後孔を裂きながら一気に突き入れられた男のものが、身体ごと総司を持ち上げ揺さぶるたびに、噛み締めた唇と、ひび入った肋骨と、熱を受け入れる下肢に突き抜けるような痛みが走る。
 強張ったままの総司の身体の奥に、ひときわ熱い男の精がぶつけられるまでその断罪は続いた。





 やがて、ベッドの上に放り出されたまま、総司は一人、部屋に取り残された。
 おずおずと訪れた赤毛の少年が、総司の噛み切れた唇と、血まみれの下肢を見て小さく悲鳴を上げたときも、ふたたび現れた老医師の手が身体に触れていたときも、総司の目は閉ざされたままだった。








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