第1章 9



   「」が異世界語・『』が日本語



 カリフ城をぐるりと囲む草野原をつっきって南へ向かうと、地図上で見ていたよりも下町の入り口に着くのはずっと早かった。
 石を積んだ、達樹の腰くらいまでの低い塀がどうやら城郭と町を隔てる境界らしく、それがところどころ途切れて小路に繋がっているようだった。
 それにしても、一般庶民が住む町だというのに意外なほど城の近くに栄えているらしい。
(そういや、江戸っ子だって日本橋から公方様の城が見えるってのが自慢だったし・・・城下町ってそういうもんなんかな)
 時代劇ファンを自称する達樹だけあって、そんなじじくさい感想を抱きながら、途中拾った小枝を振り回し、水戸黄門のテーマソングを口ずさんだ。


 小路に入ってみれば、さすがに王都の町並みらしく民家の軒はどれも美しく整備されていた。
 レンガを積んだ赤茶けた土塀には色とりどりの可愛らしい花かごまで飾られていて、生活の余裕さえ感じられる。
 行き交う人々の表情も豊かで、身だしなみも清潔。
 服装は、生成りの上下に、男は腰帯で締める色つきのベスト、女はさらにズボンの上に膝丈くらいの刺繍の巻きスカートを付けているというのが、基本的な庶民の格好のようだった。
 たまに見かける裾の長い上着を羽織った人々は、地位や身分のある人間だろう。
 顔立ちはさまざまで、あっさりした東洋系の人間もいれば、彫りの深い白人のような顔もある。不思議なことに、肌の色はどうみてもアフリカ系なのに、金髪碧眼だったり、アラブとアジアのハーフのような中間的な顔立ちだったり、これといって地球におけるどこの地域に似ているとは断言できない人々が多かった。色んな血が、遺伝子の法則を無視して混じっているといった感じ。
 そういえば、サーラたちが達樹の世界では国ごとに言語をはじめ宗教まで違うということに驚いていた。
 だから姿かたちにまで国ごとに違いがでるのか? と問われて、気候がどうの、遺伝がどうの、としどろもどろに説明したのだ。まったくうまく伝わらなかったが・・・。


 きょろきょろと観察しながら小路を進むと、やがて喧騒が大きくなり達樹は大通りに突き当たった。
 小路はむき出しの土の道だったが、大通りには石畳が敷かれている。
 道幅は20メートルほどだろうか。この世界の単位は1ジンが約3センチ、1ジーナが約30センチと、これまた日本の昔の鯨尺に似ている。1里が約40メートルだから、この大通りは半里幅なのだろう。1里の単位はこちらでは1ガジナというらしい。ちなみに戸口のサイズにも大まかな規格があって、日本の一間幅(約1.8メートル)がこちらでも1ガンという。


 さすがに大通りは活気があった。
 行商人らしき大きな背負子を担いだ男や白い幌(ほろ)を張った荷馬車が行き交い、路地には天幕が張られてそこかしこに出店の客寄せの声で賑わっている。鍛冶屋だの食堂だの、店の特徴を分かりやすく描いた看板もおもしろくて、達樹はついつい物珍しさにあちこち首を巡らせた。
 習った知識では、こういった大通りが城の南門に向かって縦に6本、横に10本、碁盤の目のように王都の下町を走っている。
 そして貴族たちの屋敷町では、城の北門から1本、2ガジナ(約80メートル)幅の目抜き通りがあり、さらに門から放射線状に路が整備されていて、城門に近いほど身分の高い貴族の屋敷があるのだそうだ。


 たまに銀色の胸当てとマントを着けた、騎士だろう男たちの騎馬にもすれ違うが、彼らの表情に物々しく荒んだような雰囲気はなく、王国の平和が伺える。
 王の統治がうまく行き渡っているおかげなのだろう。現代っ子の達樹から見ても、ここはとても住みやすそうな国に思えるのだから。
(建国から500年で、ここしばらく戦争なんかもなくって、他国との交易もうまくいってて・・・そんなすごい王さまに、どうやってもっと女神さまを敬いましょう! なんてことが言えるんだよおお。こんな平和一色の和やかな国、べつに神子なんて必要とされてないじゃんかあああ・・・!)
 サーラさまからユーフィール王国の政治を教わっていくうちに、達樹はこの国の騎士たちの役割が戦士というよりも警察機構に近いと感じていた。
 それはつまり、より近代化した平和的統治にほかならないのではないか? 現国王カインベルクがどうしても神殿の存在を政治の中央から遠ざけがちになるのは、日本人の達樹には理解できる心境だった。社会科の授業でも習った政教分離というやつだ。
 だが。
 といって達樹は事実、三姉妹神と夢のなかで幼少の頃より実際に女神に対面しているので、無神論者にはなれない。
 この世界には現実に神々がいて、各王家を守護し、国々に加護を与えているということを、さんざん教わったのだから。
 神々への信仰は、この世界においては、だから欠かさざるべきものである。



 達樹は課せられた使命の重みに泣きたくなった。
 信仰が必要なのはじゅうぶん承知だが、こうも平和なユーフィール王国では難しいのだ。
 例えば「戦争に疲弊した国家の救世主になる!」とかいうヒーロー的役割ならばまだ道のりは単純で簡単だろう。
 しかも達樹は、ここにきてまだこの世界の人々に、自分から神子をカミングアウトすることに、どうしても抵抗があった。
 なんといっても、姿は美少年に変われども、しつこいようだが中身はただの一般男子高校生なのだ。
 日本にいれば、18歳の、青臭い青春ど真ん中を邁進中な、サッカー部で図書委員な受験生の子供。
 いくら「いつかは神子として異世界に降り立つのじゃ」と女神さまに洗脳されていても、現実の生活ではそんなことはおくびにも出さず神子の「み」の字も関係ない暮らしをしていたのである。
 恥じも外聞も知る高校生が、急に立場は変えられないだろう。


(うーん。できれば俺が神子だとか言わなくてもすむように、さりげなーくお城で働けるようなコネを作って、そんでもってさりげなーくお城の偉い人とお話できるようなコネも作って、外堀を埋めつつ王さまに女神さまへの信仰をどうにかしてもらうよう頼んでみるってのはどうよ。時間はかかるかもだけど、一番自然で平和な気がする。王さまなんだから、側近とか、偉い人から説得されれば分かってくれないはずはないよな)
 ふいに浮かんだアイディアに、達樹は興奮気味にひとりで何度も頷いた。
 考え出すと、もうそれ以外に最良の方法など見つからない気がする。
(うおー! それってマジ良くね? すごくね? 俺って頭良くね?)
 天才! と、ぐっと拳を握ってガッツポーズをつくる。が、次の瞬間、思い当たることがあってがくんと肩を落とした。
(って、その前に! リーマンの行方を捜さなきゃいけないんだった、俺・・・・。あの血痕、やっぱあのリーマンのなんかなあ・・・結構いっぱい流れてるっぽかったけど、死んでたらどうしよう・・・。でも死体もなかったし・・・)
 なんでいなくなったのか。
 いったいどこに消えたのか。
 今、どうなっているのか。
(ああー! もう、訳分かんねえ!!)


 往来の真ん中で、百面相をする美少年の姿は、道行く人々の衆目をかなり引いているということに、達樹はまったく気が付いていなかった。








 back top next 









inserted by FC2 system