第1章 11



   「」が異世界語・『』が日本語



 これってもしかしなくても、ピンチってやつだ!!



 達樹は今置かれている自分の状況に、怒りよりもむしろ悲しくなってしまった。
 恥ずかしの秘蔵AVをそのまま日本に残し異世界にやってくれば、まずセクハラ男に唇を奪われ、その後飲まず食わずで大きな森を抜け、エンヤコラサと2時間近くも歩き続けて街中までやってきた途端、発情期の男たちに取り囲まれているのだ。
 達樹でなくとも、不運を嘆かずにはいられまい。
 眉を八の字に下げ、捨てられた子犬のような目で男たちを見上げ、はああっと思わず大きな溜め息をついた。



 しかし、天は達樹を見捨ててはいなかった。
 危うく今にもその場から担ぎ出されようとしていた達樹をかばうように、男たちの間に割り入ってきた騎士の青年があったのだ。
「おまえら! 天下の公道でなにをしている!」
 金髪に近い明るい栗色の短髪が、ふわふわと綿毛のように揺れている。背格好こそ達樹とそう変わらぬ細目の体躯だが、よく陽に焼けた小麦色の肌が、燃えるように輝く鋭い金色の瞳が、青年に溌剌とした雰囲気を添えていた。肩にひるがえした黒い立派なマントも威厳がある。
 事実、男たちよりも15は年下であろう青年の詰問にたじろぎ、掴んでいた達樹の腕が解放された。
 青年はすばやく達樹を背に庇い、さらに厳しく男たちに対峙する。
「怖れ多くも国王陛下のおわすカリフ城の間近で、こんな日の高いうちから人攫いか? 神々に仕える神官見習い相手に悪事を働こうなどと・・・さては今すぐその首刎ねられたいんだな」
 すらりと、腰から抜いた剣が陽光にきらめいた。
 青年の細腕に似つかわしくない、かなり大振りな、太い両刃である。
「あ、あんた・・・そのマントの、緑石に銀の鷲の首がついた留飾り―――深緑の騎士か・・・!」
 男たちの一人が呆然とつぶやく。
「だとしたら?」
 青年は金色の大きな瞳を眇めて、悠然と笑んだ。
「お、おいトーリ、やばい。深緑の騎士だ」
「しかも、多分あのルクス・ゴートだぜ・・・?」
「げ、リヒト王子の側近か!?」
「あのでかい剣、間違いない・・・」
 剣と青年の顔を見比べて、途端に男たちの顔色が変わったのを達樹は不思議に思った。
(なになになに!? どういうこと? この人って有名人なの?)
 青年の、自分よりも体格の大きな複数を相手に啖呵を切って物怖じしない堂々たる態度はたしかに只者ではない。
「お、俺たちはべつに・・・」
「そうだぜ、人攫いなんざ、人聞きの悪い」
「あ、ああ! その坊やが道に迷ってたみたいだから、祈祷所まで連れてってやろうとしてたところだ。なあみんな!?」
「そ、そうだぜ!」
 冷や汗をかき、口々に言い訳をしながら男たちは明らかに青年に恐れをなしているようだった。
 じりじりと後ずさり、そしてぱっと蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまった。
 その様子を、青年は追いかける素振りもなく面白げに眺めている。
 そのあっという間のできごとに、達樹は思わず唖然としてしまった。








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