第1章 12



   「」が異世界語・『』が日本語



「―――の、馬鹿が!!」
「ひっ!?」
 あっけない幕切れにぼんやりしていた達樹の耳元で、振り返った青年がいきなり怒鳴りつけた。
「おまえなあ、どこの田舎のぼんぼんだか知らねえが、そんな高価(たか)そうな石っころ全身にキラキラ飾り立ててぼんやり一人で歩いてんじゃねえよ! ここは王都のど真ん中だ! さっきみたいな奴らがわんさかいるんだ! 身包み剥がされて山んなか捨てられても、そんなんじゃ誰にも文句は言えねえぞ!! おまえみたいなガキは殺されねえうちにさっさと田舎に帰れ!!」
(ぎゃああ、俺、めっちゃ怒られてる!!)
 平和で長閑そうな国だと思っていたが、どっこい新宿歌舞伎町みたいだ! 警察24時だ! やっぱり都会は怖いところなんだ!
 と改めて、上京したての地方出身者みたいな感想を心で叫んでしまった。



 キラキラ全身飾り立ててられたのは達樹の本意では決してないのだが、路銀にできると喜んだものの、確かに言われてみればどうぞ襲ってくださいといわんばかりの無防備な姿だったかもしれない。
 海外旅行だって、全身ブランド物の日本人はスリの対象になりやすいって言うじゃないか。
 初めての異世界で、ちょっと俺、浮かれてたかも・・・。
 思い返してみれば、アホ面できょろきょろと見回して、明らかにおのぼりさん丸出しだったよなあ。ぜったい口あいてた! 恥ずかしい!!
「おい、聞いてんのか!」
「は、はいっ。聞いております・・・」
(ぎゃああ! ごめんなさい! ホントは聞いてなかったです)
 青年の眼光に気圧されてつい嘘をついてしまった。
 ごめんなさい! だって俺、根っからの小心者なんです!
 首をすくめた達樹に、青年はチッと舌打ちしてガシガシと頭をかいた。
「ったく、泣くんじゃねえよ! まるで俺が泣かしたみてえじゃねえかよ」
「?」
(なんで? 俺、泣いてなんか・・・)
 そりゃあ怒られたのは怖かったけど、一応18歳にもなる男子である。これしきで泣くほど落ちぶれてはいないつもりだ。
 ごしごしと目元を拭ってみるが、涙は出ていない。
 嫌な予感。
(ももも、もしかして。まさか俺、泣いてるみたいに見えた? ちょっと怯えただけで? ぎゃああ、そんなか弱げな風情なのかよ、俺って!)
 目をこする達樹に、青年はますます困惑したようだった。
 慌てる達樹の姿が、まるで溢れ出る涙を必死でこらえる健気な美少年に見えているからである。
「ああ、もう! 怒鳴って悪かったよ。そんなに泣くなって!」
「も、申し訳、ありません・・・」
 いや、だから、泣いてなんかいません俺!
 すみません。紅顔の美少年で。すべて女神さまが悪いんです。この顔はサーラさまの趣味なんです。だから俺もあなたも悪くないんです!


 そんな二人の様子を、周囲の人々がいぶかしげに眺めているのが分かり、達樹はますますいたたまれなくなった。
 なんだどうしたと集まってきた人だかりのなかから、ひょっこり姿を現した長身が、のん気な調子で青年に声をかけてきた。
「あれ? ルクス? どうしたのこんなところで」
「ヒューズ!」
 どうやら知り合いらしい、長身の男の名を呼んで、青年はばつが悪そうに顔をしかめた。
「おやおやおや〜。子供を泣かせて、いけない大人だねえ、ルクス君は」
「う、うるさい! おまえこそここで何をしている。おまえのご立派な屋敷は城の北だろう」
「ふふ、せっかくの休暇だから、羽根を伸ばしてたんだよ。つまらない屋敷町より、この下町のほうがよほど面白いところがあるだろう?」
「な―――」
 思い当たる節があったらしい。ルクスは顔を赤らめて声を詰まらせた。つまりは、そういう場所で遊んできた、ということだ。
「内緒で行ってたのが気に食わない? ごめんね。次は君も誘ってあげるよ」
「いらんお世話だ!!」
 ニヤニヤ笑うひょろ長い男に、ルクスはふたたび声を荒らげた。
 どうやら怒りっぽい性格らしい。
 ヒューズと呼ばれた青年は、そんなルクスの様子にますます機嫌よく楽しそうにニヤついている。
(ルクスにヒューズ? 次はコンセントでも出てくるのかよ)
 羨ましいくらい長い手足と、気だるげに伸ばした蜂蜜色の顎までの髪。黙っていれば愁いを帯びたような水色の瞳とくっきりと濃い眉毛が印象的な、甘いマスクの色男である。
 キザに腕を組んで立つその姿さえ様になっていて、どことなく上品な物腰は、なるほど、ソノ手のお店ではおモテになるに違いない。
 男も騎士なのだろう。ルクスと同じ、銀の鷲の頭のついた緑石の留飾りを黒いマントに付けている。
 軽い調子に目元のほくろさえ軟派な男だが、目敏い者ならば、ヒューズの左腰に佩いた無骨な長剣に違和感を覚えただろう。
 やけに使い古されたシンプルな黒革の鞘の、いくつもの傷跡は、見た目に騙されると痛い目に会う証拠だ。
 しかし悲しいかな、平凡な感性しか持たぬ達樹に、そんな能力はない。
(どうせなら、可憐な美少年じゃなくってこんなイケメンに変身させてくれりゃ良かったのに! そしたら変態男じゃなくってキレイなお姉さんにモテたはずなのに!)
 ひどいよサーラさま!!
 と、あさってなことを考えていた。








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