第1章 13



   「」が異世界語・『』が日本語



 ヒューズはくつくつと男前に笑いながらルクスの肩を抱き寄せ、「まあまあそう怒んないでよ」と宥めていたが、やがて達樹に視線を寄越すと、ひゅうと軽薄な口笛を吹いた。
「こりゃまた、えらく見目麗しい神官見習いの子だね。ルクス、もしかして君がナンパしたの?」
「してねーよ」
「そうだね。泣かせてたんだものね」
「う、うるさい! おまえ、もうどっか行け・・・バカヤロウ、頬を突くな!」
「あはは」
 一方的にだが、気さくにじゃれ合うその姿は、二人がただの顔見知り程度ではなく、知己の仲である証拠だろう。
(なんか、野良猫に大型犬が懐いてるってかんじか?)
 身長差があるせいで、ヒューズに押しつぶされるようにしがみついているルクスを、達樹は少々気の毒な気持ちで眺めた。
「あ、あの・・・助けてくださって、どうもありがとうございました」
 とりあえず、まずはお礼を述べる。
 おかげで助かったのだ。ひどく怒鳴られはしたが、それも達樹の迂闊さをたしなめるためだ。
 この世界に来て、達樹はようやくまともな人間に出会えたようだ。
(そういえば、あの変態ちんぴら中年やくざたちが、なにか言ってたよな)
 たしか、ルクスのマントの留飾りを見て。
(深緑の騎士とか―――)



 深緑の騎士。



 その名称を、達樹は女神から聞いて知っていた。
 武力に重きを置くカインベルクの代になって初めて作られた称号であること。
 広大なユーフィール王国に配置された35からなる騎士団の、数多いる騎士たちのなかでも特に剣の腕前と人格を選りすぐられた精鋭の騎士にのみ与えられるということ。
そしてその栄誉ある称号は、国民の多くの敬意と羨望を集める存在であるということ。
(・・・すごい人だったんだ)
 たった今、ヒューズに小突かれ、ふわふわの淡い栗色の髪をもみくしゃにされているルクスを見遣り、達樹は改めて感心した。



 ふと、達樹は騒動が起きる前に考えていた計画を思い出した。
 名づけて「さりげなーくお城で働き、さりげなーくお城の偉い人に近づき、あくまで神子と名乗りを上げず、王様に三姉妹神を崇め敬い乞い奉ってもうらおうスペシャル大作戦!」である。
 目のまえの青年たちが深緑の騎士であるならば、彼らは王城の警護についているのである。
 深緑の騎士は国土を守る一般の騎士たちと違い、近衛騎士とともに城内に出入りし、高官や貴族、さらには王族とじかに見えることができる身分。
 ならば今こそ、作戦を実行するチャンスじゃないか!?



「あ、あの・・・!」
 興奮のあまり、声が裏返ってしまうのを達樹は抑えられなかった。
 ルクスとヒューズ、二人の視線が一斉に達樹に向く。
「あの・・・騎士様は、まことに深緑の騎士でいらっしゃるのですね?」
 達樹はルクスの金色の瞳を見つめて声をかけたのだが、応えたのはヒューズのほうだった。
「そうだよ。ルクスもオレも、深緑の騎士だよ」
 色男はにっこりと水色の瞳を微笑ませると、左肩についた緑石の留飾りを右手の指先で恭しく触れるように胸の前に腕をつけ、優雅に腰を折って騎士の礼をとった。
「こちらのルクス・ゴート、並びにわたくし、ヒューズ・サイデュー・モーランド。恐れ多くも国王陛下より深緑の騎士の称号を拝受つかまつっております騎士にございます。花びらから生まれた朝露の精霊のごとき麗しき神殿の方にお会いできた喜び・・・どうか、このわたくしめに、その真珠にもまさる白き輝きの指先に、口付ける栄誉をお与えくださいますか?」
 腰を折ったまま、上目遣いで達樹を見上げ、すっと彼の右手を取った。
「え?」
(ぎゃっ! こ、このひと変な人だ!)
 慌てる達樹の指先を強引に口元まで持ち上げ、だがヒューズは、その親指にはまった黒い石のついた指輪を見つけてぴたりと動きを止めた。
「―――これは・・・」
 どうしてこれを持っているのか? と問うような視線が達樹に向けられる。
 隣でルクスも瞠目したようだった。
(え?)
 な、なになになに? なんかまずいの?
「あ、あの、この指輪は・・・私もよく分からないのですが、持っていろと、渡されまして・・・」
 さっき、森のなかで襲われたとき、セクハラ男が投げて寄越した銀の指輪だった。

 ―――俺のだが、おまえにやるから持っていろ。

 と、確かにそう言って、あの緑色の瞳の男に渡されたのだ。
 金目のものだから、もらえるものはもらっておこうと返さなかったのだが、あいにく男の指のサイズは達樹には大きすぎて、右手の親指にしか合わなかったのだ。
 森にいたことを達樹はあえて伏せた。
 異世界・日本からやってきて目覚めた場所がそこであったことを二人に説明するのは避けたいところだし、どうも、あの男の台詞から、今日あの森に一般人が侵入することは禁止されているらしかったからだ。
 警察でもある騎士たちにそれを知られるのはまずい気がした。


 そんなことよりも、はやく達樹の計画を実行しなければ、といまだ手を奪われたままの姿勢でヒューズたちを見上げた。
「深緑の騎士さまにどうか、お、お願いがございます」
「お願い?」
 ようやく指輪から視線を外し姿勢を直したヒューズが達樹を見下ろして聞き返す。
「はい。あの、どうか私を、騎士さまの小間使いにしていただけないでしょうか」
「小間使い!?」
「はあ!?」
 ヒューズとルクスは同時に驚いた。








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