第1章 14 「」が異世界語・『』が日本語 当然といえば当然な反応。 あ、やっぱり。と達樹は焦った。 (突然そんなこと言われても不審なだけだよな。えーと、えーと、どう言い訳しよう) 「あ、あの・・・私は、たしかに今日、王都に着いたばかりの者にございます。ほ、本来ならば、すぐにも王都の祈祷所に向かうところなのですが、なにぶんこの通り、世間知らずなもので、しばらく俗世で見聞を広げたいのです」 (いきなりすぎたか? 設定無茶すぎ? あ、やっぱり眉間にシワが・・・。二人とも疑ってるって顔してる! え、えーと、ごまかさなきゃ) 「あの、あの、掃除も洗濯も、端下仕事は厭いませんから、申し付けてくだされば、なんでもいたします。―――通りすがりのお方に、いきなりこのようなことをお頼みするのも、不躾とは存じますが、あの、私、ここでは、ほかに頼れる方がいなくて・・・」 (このまま騙されてくれ!) 達樹は熱心に二人を見つめ、祈るように胸の前で両手を合わせた。 上目遣いにまっすぐ視線を向けられると、達樹自身にはまったく自覚はないが、その引き結んだ艶やかな唇の表情が、この上なくしおらしく、儚げに見える。 「・・・!」 「!」 ヒューズはごくりと喉を鳴らし、ルクスはウッと唸って顔を反らした。耳まで赤くなっている。 「・・・天然か? なるほど、あのひとはコレにやられたな」 ヒューズが天を仰ぐようにして額に手をあてて呟いた。 それから二人は顔を突き合わせて、達樹には聞こえないように小声でなにやらこそこそと相談をし始めた。 「・・・どうすんだよヒューズ。こいつ、どうもこのまま放っぽりだしちゃまずい、危険な雰囲気なんだよな。さっきだってやばい男どもに囲まれて、道端で今にも犯されそうになってたんだぜ? どうもとんでもなく箱入りのお坊ちゃんみたいだけどさあ。小間使いの意味分かってんのかね。いったい何を考えてんのか、無理に決まってんじゃんかなあ?」 「そうだね。あの子の耳飾りについてる乳白色の石。ミラリエンっていうすごく珍しい石で、じつにあれひとつで郊外に一軒屋敷が建つよ」 「げ、屋敷!? ホントかよ!!」 「うん。うちの母上だって、あれより小さなものしか持ってない。多分あの子、価値なんて分かってないんだと思うけど・・・そんな上等な宝飾品を全身に身に着けてふらふら街中を歩いていられる神経・・・並の世間知らずじゃないなあ。王族にも貴族にも見ない顔だし、いったいどこの子だろう・・・」 「つーかさ! なんでそんな金持ちのお坊ちゃんが神官見習いになんかなってんだよ。何もしなくても生活に困らないだろ?」 「うーん。昔は王族と三位以上の貴族の子弟は、子供のうち必ず何年かは神殿に仕えなきゃならないようになってたらしいけど、だんだん廃れてきて今の陛下の御世になってからは完全にそんな法律も撤廃されてしまっているし。だから最近は神官見習いの貴族の子供はほとんどいないんだけど」 「だよな? 祈祷所の地味ーな生活なんて、大貴族さまにはなんの面白味もないだろうし」 「地味って・・・。まあ、たまに例外もいるのはいるらしいけど・・・。だいたいはみんな近衛騎士か家督を継いで高官になるつもりで育つからね」 自身、上級貴族の出身であるヒューズも、当然のように騎士になっている。一定以上の身分があれば、近衛騎士や上級官僚への道が保障されているのだ。庶民出身のルクスのように生活のために騎士になっているのとは、性格が違う。 なにかと子供じみた方法で構ってくるので普段忘れがちだが、そういえば、本来ヒューズはルクスごときが声をかけてもらうのもおこがましい、あの二位貴族モーランド家の次男であることを、ルクスは思い出した。 (まったくお貴族さまには見えねえけどな!) と、なれなれしく肩に置かれていたヒューズの手を払いのける。 「・・・とにかく。ここは大人しく王宮の神殿か北の祈祷所に行ってもらうか。街に出しちゃ危険だ」 「でもあの必死な様子じゃあ、祈祷所に行ってもすぐに抜け出してまた一人で往来をふらふらしそうだよ」 「ううう。だよなあ。じゃやっぱ、面倒みるしかねえのか・・・。でも兵舎暮らしの俺んとこは無理だぜ? あんなむさい男だらけの兵舎にあのお坊ちゃん連れてったらいったいどうなるか。その点おまえの実家のでっかいお屋敷なら大丈夫だろ? 広い客間だって何個も余ってるし。っつーことで、おまえに任せた」 と、すべてを同僚に放り投げようとしたルクスに、しかしヒューズはかぶりを振った。 「いや、オレよりも、もっと適任がいるでしょ?」 「適任?」 「うん。ほら」 ヒューズはにっこりと微笑んだ。 「せっかくだから、あの人に任せてしまえばいい」 騎士の二人がなにを話し合っているのか聞こえない達樹だが。 「・・・!?」 そのとき、なぜか背筋に悪寒が走ったのだった。
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