第1章 15 「」が異世界語・『』が日本語 カリフ城の第一塔は、五角形を描く城の一番北側に位置する、五棟のなかでもひときわ立派な尖塔を持つ建物で、朝議の間や謁見の間など、主だった国政が行われる重要な役割を持つ塔である。 各官僚の執務室もその塔の上階に設えられており、そのうち王の活動する部屋は3階の中央にあった。 廊下に続く扉を開けてすぐに側近たちの控えとなる部屋があり、そのさらに奥の扉の向こう、高い天井を囲む石壁に隙間なく大きな深紅のタペストリーを垂らした重厚な造りの広い部屋がそれである。 武勇を好む王らしく華美な装飾こそないものの、大人が寝転んでもまだ余りそうなほどに大きな執務台や、一晩じゅうでも討議可能なほど大振りな燭台は、ほかの執務室には見ない立派なものだった。 壁の両開きのガラス窓からは、北門から放射状に連なる屋敷町の整然とした景色が一望できて壮観である。城郭自体が小高い人工丘に建っているため、塔の最上階である見張り台まで登らずとも、じゅうぶん街の裾野まで見渡すことが可能だった。 深いマホガニー色の執務台に左腕の肘をつき、いま、机のまえに立つ白髪混じりの髭の紳士をはすに見上げた国王カインベルクは、呆れたような視線と溜め息に、にやりと口の端を歪ませた。 「―――どうした。なにか言いたいことがありそうだな? シーヴァルよ」 愉快げに右手のペン軸を器用に指先だけでくるくると回しながらのふざけた態度に、紳士の眉がぴくりと動く。 「申し上げたいことはたくさんございますが・・・果たして陛下が大人しく聞き入れてはくださらないと承知しておりますので、必死に口を噤む努力をしている次第でございますよ」 「ふん。それは立派な心がけだ。ならばそのまま黙っておれ。余はしたいことをしたいようにする」 とんでもない台詞を当たり前のように言い切る国王に、シーヴァルは慇懃無礼に頭を下げた。 「お褒めいただき、恐悦至極に存じます・・・とでも申し上げておきましょうか」 「ふん。相変わらず嫌味な奴だ」 くく、と苦笑をもらし、だが国王は微塵も怒ったふうもなく紳士の頭を上げさせた。 「まあ、そちの言いたいことは分かっておる。余の寝台のことであろう」 十日前に無理やりに身体を奪った青年を、カインベルクは思い出した。 今は、王の家族が住まう第二塔の、王自身の寝室にそのまま閉じ込めている。 シーヴァルが口にする問題はそれしかないのは明白であった。 「御意。王が、いつまでも素性のわからぬ者に自室を明け渡すのはいかがなものか」 「だが王妃や側室らは余がここ数日、あれらの部屋で供寝のあとも朝まで過ごすので喜んでおるぞ?」 「陛下がいつまでもご健勝なのは重畳なことでございます」 「また・・・嫌味だな。余とそちは三つしか歳が変わらぬくせに」 「私のことは結構でございます」 ぴしゃりと、シーヴァルは話題を区切る。 「陛下がお与えになったかの者の傷は、ロイド殿によればもうすっかり癒えたとのことです。なればいい加減、いずれの部屋へ移すのかご検討いただきませんと」 言いながらシーヴァルは、付いた片肘に顎を乗せたまま相変わらずペン軸をもてあそぶ年下の国王を静かに見下ろした。三つしか違わぬのに、自分はこのように白髪が混じり、対して王は艶やかな栗色の長髪は若い頃のまま。 気概が、少年の頃から少しも年取らぬせいだ。そうシーヴァルは思っている。 昔から、この王の破天荒な行動の尻拭いをさせられてきたシーヴァルである。自ら泥をかぶり矢面に立っても、それでも、なぜか側を離れられない魅力を、カインベルクは備えているのだ。 それはシーヴァルだけでなく、彼の国民のすべてがそう思っているに違いなかった。 愛すべき奔放な王。 500年の歴史を持つ大国、ユーフィールの歴代の王のなかでも、彼ほどのカリスマ性を持つ者はほかにはいまい。
|