第1章 21



   「」が異世界語・『』が日本語



 リヒタイト王子の屋敷に居候を始めてから、達樹は神官見習いの服装を改めて、ミヤに普段着を用意してもらっていた。
 生成り色のワンピースに、腰帯と裾の長い若草色の上着である。
 これは室内着のようなもので、外出のときには足首まであるマントと、乗馬用には袴のような裾の開いたズボンを下に履く。
 騎士の装束は鎧をまとうためもっと動きやすそうな、体にフィットした日本でも馴染みの洋服に近いのだが、いま達樹が着ているそれは本当にファンタジーの世界の衣装そのものであった。
 まあ、全身白の神官見習いの格好でいるより数倍マシなので、達樹的には満足している。
 ただ、上着の丈が長いのは身分の高い証拠であるから、達樹は自分に用意されたそれが釣り合わないと、ミヤに普通の男性用を用意してもらえるように相談したのだが、どうやら王子さまが許してくれなかったらしい。
 しかたなく、差し出されるままに、手触りも心地いい、たぶん最高級の布地で腕のたしかな職人さんによって仕立てられているだろう(だって刺繍もすごいんだもん!)服を着て、せっせと小間使いの仕事を探して使用人たちに御用聞きをしてまわるという珍妙な行動を取っていた。



 着替えが済んだら王子の居間に行くようにミヤに言われていたので、ホントにホントに気が重いまま、達樹は足を引きずるように扉のまえに立ち、両開きの重厚な木製のそれをノックした。
「あの、タツキですが・・・」
「どうぞ」
 すぐに応答があり、なかに招かれる。
 扉を開いたのはリヒタイト王子ではなく、彼の従騎士をしているコーノだった。ミヤと同じような褐色の肌をしているが、こちらは金髪碧眼の大柄な青年である。達樹が見上げると、コーノはにっこりと笑って入室を促した。
(従騎士って、たしか庶民の人たちがなるらしいけど、王子さまなんかよりよっぽどコーノさんのほうが紳士だよなあ)
 コーノはリヒタイト王子より二つ年下の19歳だそうだ。見た目以上に落ち着いているのでもっと年上だと思っていた達樹は驚いたのだが、しかしそれよりも王子が21歳という事実にはもっと驚いた。
 だって18の自分と三つしか違わない!
 あのセクハラ度合いからてっきり三十路は超えている(世間の三十路に失礼な!)と思っていたのだが、どっこい非常に若かった。そういや女神さまたちから王子たちのことはいくらか聞いていたのに、すっかり失念していた。
 王子の意外な若さに驚いた達樹だが、リヒトはリヒトで達樹のことを15歳くらいだと信じ込んでいたらしいから、お互いさまというところか。
 そして落ち着いた紳士といえば、コーノ以上に落ち着いているのが家令のミヤなのだが、彼の年齢も非常に若く王子と同い年の21歳だった。
 ミヤの母親がリヒタイト王子の乳母であり、つまり王子とは乳兄弟になる。母・メイーノとともに、城下のこの屋敷でリヒトに仕えているのだが、彼ら自身はもともと下級貴族の出身だそうだから、どこか品があるのは当然といえば当然らしかった。



 コーノがいたことで、王子と部屋で二人っきりという状況でなかったことに、達樹はまず安堵した。
 すでにリヒトも湯を使い、騎士の衣装から室内着に身支度を整えて済んだようだった。コーノが濃紺の上着をリヒトの肩に着せかけてやっている。
 従騎士というのは騎士の馬の世話だけでなく身支度の世話までするのか、と達樹はその様子を眺めながら(これだからおぼっちゃん育ちは・・・一人で服も着れねーのかよ)と顔には出さず毒づいていた。


 屋敷の二階の片面のすべてがリヒトの居室になっていて、真ん中の両開きの扉を入ると居間があり、左手が書斎、右手が寝室へと続いている。
 そしてその三部屋のどの窓からも、王城である白亜のカリフ城の姿が見渡せるようになっていた。
 これはリヒトの屋敷だけでなく、この屋敷町に建つ貴族や高官たち、すべての屋敷の造りが、必ず主人の居室からカリフ城が見えるように決められているためであった。万が一、城に何かあったとき、すぐに察知できるようにするためだ。
 王城の北門から伸びる大通りから見て左側(左街と通称される。逆に門の右側は右街である)にあるリヒトの屋敷は、だから部屋の窓は南東を向いている。
 そろそろ夕刻が近い。
 窓の外、端に見えるたなびく雲が、うっすらとオレンジ色に染まりつつあった。
 日本も、ここも、夕焼けだけは変わらないのか。
 こういうのを、郷愁というのだろうか?
 めずらしく感傷的な気分になった達樹であった。








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