第1章 23 「」が異世界語・『』が日本語 これは大変だと達樹は泣きそうになった。 国王カインベルクは想像以上に傑物のようだ。 そんな人物に、どうやって女神の教えを伝えればいいのか・・・。 「好きなことを好きなようにする。父上の生き方は俺の手本だ」 どこか誇らしげに言い切るリヒトに、しかし眉をひそめたのはコーノだった。 「ですが殿下、あんまり自由にしてもらっては、困るのは殿下の周囲にいる私とかミヤさんですよ。少しは大人しくなさってください」 筋骨たくましいムキムキの大男のくせに、どこか子供じみた人懐っこい表情をくるくると変えるコーノは、礼儀は正しいが性格がルクスと似ているものがある。雇い主の王子に対しても物怖じしない態度はなどはそっくりだった。 引き合いに出されたミヤは亜麻色の瞳を伏せてひっそりと微笑している。 リヒトはムッと片眉を上げてコーノを見た。リヒトのほうが多少スマートだが、筋肉質な長躯は同じである。この二人にはさまれると、達樹はいつも巨人の国にでも迷い込んだような錯覚を覚える。 「俺のどこが大人しくないのだ?」 「殿下のどこが大人しくていらっしゃるのです? 先だっての陛下の狩りのときも、私が目を離したすきにおひとりで勝手にどこかに行ってしまわれて、すごくお探ししましたよ。宰相殿にはひどくお叱りを受けるし・・・まったく散々でしたね」 (王の狩りって・・・もしかしてあの森でのことか? こいつに熱いベロチューかまされてちょっと気持ちよくなっっちゃった、あの人生汚点の日のことか?) あの日のことは思い出すたびに「わー!!!」と叫んで走り出したくなる。 思えば、あのとき森でリヒトと出会っていなければ、リヒトから王家の指輪をもらわなければ、この屋敷に連れて来られることもなかったし、女の子たちのまえで恥ずかしい西洋的スキンシップをとられることもなかったのだ。 (も、もしかして俺って、運悪いのかなあ・・・?) それを考え始めると、大元は女神たちの神子に選ばれてしまった時点で、不運と言えるだろう。 達樹は頭を抱えてしまった。 「黄金(きん)の牡鹿は父上の獲物と決まっているのだから、俺は俺で狩りの獲物を探したまでだ。兄上が王都にご不在だから仕方なく代わりに出向いたんだ。それくらいの自由は当然だろう。まあ、おかげで俺は俺の美しい小鹿を見つけることができたし。なあ、ぼくちゃん?」 「はい。あ、え?」 いきなり話を振られてたじろぐ。 (え、なんのこと? 鹿がなに? ってか、ここってそんなに鹿が多いの? 奈良?) 美しい小鹿が自分のことを言っているのだと気付かない達樹の様子に、リヒトは苦笑して、手を伸ばして白い頬をなでた。途端に達樹はびくりと肩を揺らして逃れようと身を引くが、もちろんリヒトは許さない。 逃げられぬよう、その腕のなかに達樹の細い身体を抱え込んでしまった。 頬を染め、羞恥を堪えるように唇を噛んで震えている小柄な美少年の姿は、本当に子鹿のようで微笑ましい。 「おまえ、やっぱり可愛いな・・・」 しみじみ呟いて、大事なものを守るようにその華奢な身体を抱きしめるリヒトを見て、コーノはここ数日リヒト王子の帰宅時間がやけに早い理由を知った。なるほど、と納得し、これは仕方がないか、と同調する。 どうにも愛玩したくなる少年だ。 「―――そういえば殿下、あの黄金の牡鹿というのは、本来神殿の女神の祭壇に捧げられるものなのではないのですか?」 と、コーノは王が刎ねた黄金の牡鹿の首を思い出した。ビロードで作ったような立派な角が左右に大きく張り出した、一抱えほどもあるその首は、生臭い血にまみれていてさえ美しかったのだ。 たしか黄金の牡鹿は20年ごとに王宮の神殿に奉納され、神官たちによって祀られるのではなかっただろうか。 「本来はな」 とリヒトはこともなげに応じた。 「黄金の牡鹿は滅多に見つからぬから、父上にしても珍しいのだろう。たしか20年前も同じようにあの森で狩りの獲物にされたそうだから」 「そうなんですか? それは、よく大神官さま方がお許しになりましたね」 「いや、許してはいないだろう」 「はい?」 「神官らに許されなくとも、父上はご自分のなさりたいようにされるさ。父上は父上なりのやり方で女神に感謝している。国を守ろうとする心は誰よりも強く持ってらっしゃるんだから、たかが鹿一匹のことで女神もお怒りにならんだろう」 神官たちに呆れているらしいリヒトの発言だが、彼に囲われたままそれを聞いた達樹は、 (いやいやいや、すっげー怒ってんだけど!) と大いに突っ込みを入れていた。
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