第1章 24



   「」が異世界語・『』が日本語



 なるほど、あれだけ急に女神たちが達樹をこの世界に送り出した理由が分かった。
 王の鹿狩りが行われたからだ。
 自分たちへの供物を横取りされれば、それは腹が立つだろう。それも二度も。信仰をないがしろにされていると女神たちが憤っても仕方がない。
(早くどうにかしないと、俺、女神さまに殺されるかも・・・)
 脳裏にインプットされてしまった三姉妹神の迫力ある巨大な姿がフラッシュバックする。
 頭のなかの女神たちは、口々に達樹に向かって「なにをトロトロと手をこまねいておるのじゃ」「情けない。それでも我らが神子か」「早うなんとかせよ」と言いたい放題文句を垂れてくれていた。
(ぎゃー!! すみません女神さま)
 想像だというのに、つい条件反射で謝ってしまう達樹であった。


「あ、あの、王子さま」
「なんだぼくちゃん?」
「次にお城へ行かれるときは、ぜひ私もお連れください」
 思い切って、達樹はリヒトにそう願い出た。
 こうなったら、王子の屋敷で世間一般について勉強するのも大事だが、それよりも早く城内の情報をかき集めるべきだ。
 城に行くには、この王子の存在は非常に便利だ。なんたって腐っても王子さまだ。誰に何を不審がられることなく城内に出入りできる身分のお方だ。
 これを利用しない手はない。
 だが、リヒトは達樹の申し出に眉をひそめた。
「城に? なぜだ」
(え、なぜって、やっぱそれを聞くの? 本当のことは言えないし!)
「あ、あの・・・一度、美しいと評判の、カリフ城をもっと間近で見てみたくて・・・」
 我ながら苦しい言い訳だ。俺ってもしかして頭悪い?
(でもだって他に思いつかねーよ!)
 大きな黒瞳を揺らして上目に見つめてくる達樹のその表情に、リヒトはうっと息を詰める。
「・・・そんな瞳で見つめるな」
 唸るように低く呟いたあと、達樹を抱きしめる手に力がこもった。
「まったく、おまえは―――」
「く、苦し・・・」
(ぎゃあああ! この、馬鹿力! やめろって、く、首、入ってる! 落ちる! 落ちるって!!)
「おまえを城へは、連れていかない」
「え?」
(な、なんつった? 今てめーなんつった? 俺の首絞めながら、なんつったよ?)
「連れていってはくださらないとは・・・どうして」
(っつか、いい加減、放せ!)
 ようやく腕の力は緩めてもらえたが、それでもリヒトは相変わらず達樹を放す気はないらしい。
 頑丈な腕にがっちりホールドされてまったく身動きが取れない。
「おまえに会わせたくない奴がいる」
 リヒトは、どこか憮然とした表情でこぼすようにごちた。拗ねたような、苦いものでも噛んだような複雑な顔だ。
 だが、達樹にはまったく意味が分からない。
「わ、私に・・・?」
 会わせたくない奴って。
「どなたでしょうか」
「それより、おまえこそ小間使いの次は侍従の真似事でもしたいのか?」
(あ、はぐらかした?)
「じじゅう?」
 って、ちなみになんですか。
「侍従だ。俺の身の回りの世話をする、まあいわば、お付きの者だな。俺と一緒に登城するというのは、そういうことだぞ? 可愛いな、そんなに俺の側にいたいのか。そうかそうか」
(ぎゃっ!滅相もない)
 謹んでご遠慮いたします。
「城のことは、そういう意味では・・・。それに王子さまのお世話でしたら、ミヤさんとコーノさんがいらっしゃいます。私などはなんのお役にも立てません」
「ミヤは家令だ。コーノは従騎士。二人とも侍従ではない。そういえば、この屋敷では俺は侍従は置いていなかったな。ちょうどいい。ぼくちゃん、今日、たったいまからおまえをこのリヒタイトの侍従に任命する。しっかりと心を込めて俺に仕えるように」
「い、いえでも、そんな」
「タツキさまなら、しっかりとおできになるでしょう」
「殿下もタツキさまには甘いようですし。侍従かあ、それはいいですね。私の手間も省けます」
 頼みの綱のミヤとコーノまでもすっかりその気になってしまった。
 二人の賛成ももらい、自分の決定にいたくご満悦なリヒトは、満面の笑みで達樹の身体を抱き上げるとふたたびその両頬にキスを落とした。
 そして息のかかる近さにある深緑の瞳が、にんまりと達樹を覗き込む。
「よろしくな、ぼくちゃん?」
(ぎゃあああ! 嫌だああああ!!)
 どういうこと?
 なんでどうしてこうなっちゃったの?
(お城に連れてって欲しいだけなのに!)



 と、いうわけで。
 加賀達樹18歳、この異世界で、小間使いから侍従に出世しちゃいました。








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