第2章 4



   「」が異世界語・『』が日本語



(な、なんで城から遠ざかってんの、俺!?)
 土煙を上げてひた走る車輪の、ガラガラという硬質な音にも慣れぬまま、馬車の窓から流れる田園の景色を見ながら、達樹は思わず胸のうちで雄叫びを上げていた。
(なんで“世界○車窓から”みたいになっちゃってんの!?)
 ちゃちゃん、ちゃーちゃちゃーという、あの有名なBGMがリアルに聞こえてくるようだった。




 遡ること数日前、夜になって家令のミヤがリヒトの居室を訪ねてきた。
 運悪く小間使いから侍従に出世してしまったばっかりに、四六時中リヒトに付きまとわれる羽目になってしまった達樹である。食後のワインの用意を言いつけられて素直に持って行ったところ、、過剰な西洋的スキンシップ(ハグ&チュー)をぶちかまされそうになり、なんとか必死に抵抗している最中だった。
 火急の用事です、と部屋に出現したミヤに後光を見、達樹は思わず両手を合わせて拝んでしまった。
(ナイスタイミングですミヤさん! 空気の読める男! できる男! ありがとうミヤさん!)
 当然、リヒトはいらぬ邪魔が入ったとばかりに憮然としている。「なんだ」と応じるその声が、ブリザードなみに冷たい。
 ミヤは恐縮して深々と頭を下げた。
(そんな、こんなセクハラ男に頭なんて下げる必要ねえって!!)
 という達樹の心のフォローは、もちろんミヤには届いていない。
「おくつろぎのところ、大変申し訳ございません。殿下、王城より使者どのが参られております」
「城から?」
 思い当たる節がまったくないのか、リヒトは軽く眉をひそめた。
「なんだろうな」
「来月行われるジュノス二位爵様の御三男、トライス様のご結婚のことだそうです。陛下の名代としてご祝儀を殿下にお預けされたいとのことですが」
「ああ、そういや我が従兄どのは結婚するんだったな」
 どうでもいいような口ぶりで答え、リヒトは手酌でワインをあおった。
 へえ、と達樹はリヒトの顔を見た。
(やっぱこいつにもイトコとかいるんだ・・・)
 リヒト自身、その身分が第三王子であるのだから、彼の上に二人は兄弟がいるのは考えなくても分かるはずなのだが、不思議にも、たった今まで国王以外にリヒトの血縁関係を想像したことがなかったのだ。
(王子さまのイトコってことは、じゃあ王族?)
 ってことは、あのお城に住んでるんだよな?
 達樹はちらりと窓から見えるカリフ城を見た。
 城壁に沿ってかがり火が焚かれているのだろう。白亜の壁が下方からうっすらと炎に染まり、地上から浮いているように見える。また窓から洩れる黄色い灯りが小さく点々と燈っていて、紺色の大きな夜空の下にあるその城影は、なんとも荘厳な姿であった。
「では近々、俺に城に来いとのことだな」
 そうリヒトが面倒くさそうにごちたのを、達樹の耳は聞き逃さなかった。
(なに!? 今、城って言った? って、お城に行くんだ!?)
「そうだぼくちゃん、おまえも連れて行ってやろう」
 にやりと笑いながらそう誘われ、達樹は思わず耳を疑った。
「ほ、本当ですか・・・?」
(マジかよ!? だって今までさんざん城に行きたい、連れてけっつっても無視ってたじゃんか! 会わせたくない奴がいるって言ってたし)
 リヒトは手招きして達樹を自分が座るソファの隣に呼んだ。
 素直に応じ、達樹は間近でリヒトの顔を凝視する。
「どうだ? 俺と一緒に行くか?」
「も、もちろんです・・・今は、私は王子の侍従ですから・・・」
(行くに決まってんだろう! あ。てめー! 期待させといてやっぱりナシとか、ないかんな! 冗談とかつったら、ぶっとばすかんな!!)
 まじまじと見つめていると、するとリヒトは苦笑して達樹の白い頬に手を伸ばし、そっと目元を親指の腹で撫でた。
「―――丸い黒曜石の瞳だ。これは俺の印だな」
(はあ?)
 なに言ってやがんだ、こいつ?
 すぐに言葉の意味が理解できなかった達樹は、思わず首をかしげる。
「!!」
 だから油断していて、逃げる間はなかった。
 かしげた首が図らずもジャストな角度になっていた。
 一瞬、視界の焦点がぶれたかと思うと、覆いかぶさるように身を寄せた、リヒトの厚い唇が、達樹のそれに重なっていた―――。



(おぉーえぇー!!!!)
 あの時のことを思い出し、達樹は思わず口を押さえた。
 またしても。
 またしてもリヒトに特濃ベロチューをぶちかまされてしまったのだ・・・。
(うえぇぇぇ! もう、油断してた!! 俺のバカバカバカ!!)
 それだけではない。意外にも丁寧で優しい口付けをされ、不本意ながらまたちょっと気持ちよくなってしまったのだ。
 思わずうっとりしかけて、ミヤの困ったようにさ迷う視線に気が付かなければ、あれから自分がどうなってしまっていたか―――。
(うぎゃああ!! ダメだ!! なんか最近ちょっとアイツの過剰なスキンシップに免疫ができてきたっていうか、抵抗するのに疲れてきたっていうか、異常な状況に慣れちゃってきたっていうか・・・!)
 思考がどんどん言い訳がましくなってしまい、達樹は慌ててかぶりと振って打ち消した。
(ああっ、違うって。今はそれどころじゃねーんだって!)
 問題はそんなことじゃない。
 ベロチューぶちかます前に、リヒトははっきりと「城に行く」と言ったのだ。
 達樹に「連れて行ってやろう」とも。
 そしてその言葉は確かだったようで、ここ数日、ミヤが泊りがけになるような荷造りを達樹のぶんも揃えていた。それを見て達樹は、しばらく城に滞在するのか、ならばますます仕事(城中の偉い人にコネを作ってさりげなーく王様に女神を信仰してもらえるよう仕向ける大作戦)がしやすくなるぜと期待していたのだから。
 今朝だって、ポーチに出揃った馬車と従者、お付きの騎士たちに出迎えられ、達樹はいよいよカリフ城に乗り込めるのかと身構えたのだ。
(なのになんで、城から遠ざかってんの、俺!?)
 達樹を乗せた馬車はまっすぐに、目と鼻の先にあるカリフ城の北門とは真逆の方向に、目抜き通りを駆け抜けていった。
 そして今、馬車の窓から見える景色は、貴族たちの屋敷街からのどかな田園風景になり、城どころか王都サンカッスからも離されているようだ。
(いったいどういうことー!?)
 肥料のほの香る生ぬるい風が青い麦の穂を揺らしている。
(こ、ここはどこー!?)
 達樹は四角い窓に額と両手をくっつけて、再び心の中で雄叫びをあげた。








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