第2章 12



   「」が異世界語・『』が日本語



 ちっこいお子様。って言われた!
 以前は175センチあった身長は、サーラ様の可憐な美少年趣味により160センチぎりぎりのラインに縮んでしまっているのはたしかだ。肩幅だって折れそうに細い。軽く見積もって185はあろうかというガタイのいいリヒトと並んでいたら、そりゃお子様に見えるに違いない。
(でもなあ! てめえら! 俺、ビール飲んでんだぞ、ビール! 子供じゃねえよっ!)
 アルコールを飲んでるから子供じゃない、という理屈自体が子供の発想だということに気付いていない達樹は、ただでさえ華奢になってしまったことにショックを受けていたのに、あからさまにそれを指摘されてどうやら混乱しているようだ。
「飲むだけじゃつまんねえだろ。なあ兄ちゃん、どうだ? 俺らとサイコロしねえか?」
「きゃあ、いいわねえ、サイコロ! ねえお兄さん、お兄さんが勝ったらあたしたちに一杯おごってよ」
「サイコロ?」
 不機嫌に顔をしかめていた達樹だが、分からない言葉が出てきて思わず小首をかしげリヒトを見上げた。
「知らないのか?」
「サイコロというと、あの、点で数字が書いてある、六面体のことですか?」
 それなら知っているが、しかしサイコロで勝負となったら、そんなゲームが達樹は知らない。
(ピンゾロの半! とかいう、あーいうのかな)
 一瞬、時代劇でよく見かける徒場を思い浮かべ、いやいやいやと首を振る。このファンタジーな村の居酒屋に緋牡丹お竜な丁半賭博は似合わないだろう。多分、いや絶対、違う。
 サイコロを知らない、という達樹に周囲の人間たちはひどく驚いた顔をしていた。
「ぼうや、サイコロを知らないの? え、本当に? 嘘でしょう?」
「いまどき王侯貴族だってやってらっしゃるって遊びだぜ? あんたいったいどんなド田舎から来たんだ」
「・・・」
 まさか異世界から来ました、とは口が裂けても言えない。
 うつむいて押し黙っていると、リヒトが説明してくれた。
「三つのサイコロを振って、出た目の合計を競う。数が大きいほうが勝ち。ただし三つの目が同じ数で揃えば、合計に関係なく勝ちとなる。単純な遊びだ」
 本当だ。なんて分かりやすいルールなんだ。おもしろそう。
「やってみるか?」
「え、いいのですか?」
 賭博でしょ?
「金ならある」
 リヒトはにやりと笑った。どうやらまたも達樹を甘やかす気だ。
 なんというか、リヒトの達樹に対する態度はいつもこうだ。
 手のひらの上で転がされてるっていうか、目の届くところで遊ばされているっていうか・・・。
(嫌じゃ、ないんだけど)
 キスされたり、腰を抱かれたりするよりも、なんだか、どう言っていいのか、むず痒くて、やたら居心地が悪くなる。
 癖になったらどうすんだよ。
 長男な達樹は、誰かに甘えるのに慣れていないのだ。



 パチンコだの競馬だのに手を出したことはないけれど、単純にどっちが勝つか負けるかの勝負事はけっこう好きな達樹である。
 三つのサイコロを振って遊ぶ賭け事は、かなりおもしろいものだということが分かった。
 これはハマる!
 たしかに知らなくてびっくりされるたのも分かる!
 たいした掛け金ではないのだろうが(達樹は相場が分からない)、さきほどから勝敗のほとんどは達樹が優勢に立っていた。
(うぎゃあ! もしかして俺って、勝負師ってやつ? 賭才があるってやつ?)
 機嫌のいい達樹はジョッキの追加を注文した。
「やるなあ、ぼうや」
「まだまだこれからだぜ」
 などおだてられながら、ぽいぽいっとサイコロを振っていく。
 だが、しばらくして達樹の幸運も切れたのか、負けが続くようになってしまった。
 そして2杯目のジョッキが空くころには、すっかり負け越しかなりの掛け金を相手に取られてしまっていた。
 このままだと金を払ってもらっているリヒトに申し訳ない。
(せめて少しでも、取り返さないと)
 悔しいのと酔っ払ってきたので、顔が熱い。
(これ、ジャマ)
 達樹はさっさとフードを外し、室内に素顔をさらした。
 分厚い布地が頭から離れ、涼しくなる。ついでに頬にかかっていた柔らかな黒髪をすっと耳にかけた。
「じゃあ次、私の番ですよね」
 と、サイコロを振ろうとして、達樹は目のまえの男たちが一斉に黙り込んだのに気がついた。
(え、なにどうしたの?)
 きょとんとまわりを見回すと、相手の男たちは驚いた表情でじっと達樹の顔を見入っている。
 すぐにリヒトの手が伸び、達樹はふたたびフードに隠された。
「え、あの、どうし―――」
「それは取るな」
 厳しい声音で咎められる。
 そろそろ帰るか、と席を立とうとしたリヒトに、案の定、男たちは待ったをかけた。
「まあ、待ちなって」
「そうそう。焦って帰らなくてもいいじゃねえか? もう一勝負しようぜ」
「断る」
「まあまあ、兄ちゃんは黙ってなって。どうだい、ぼうや。次に大勝負をかけようじゃねえか。そっちが勝ったら、この掛け金はみんな戻そう。その代わり、こっちが勝ったら」
 妙に下手に男が笑った。
 なにを言われるのだろう、と思わず達樹はつばを飲み込む。
 この流れからいうと、きっと無理難題に違いない。
(な、なんだろう)
 ぐっと膝の上でこぶしを握り、身構える。
「こっちが勝ったら。そうだなあ」
 だから、男の言った条件を聞き、達樹は拍子抜けしてしまった。








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