第2章 13



   「」が異世界語・『』が日本語



「そうだなあ、この店で働いてもらうか」
「え?」
「今晩だけでいいぜ」
(え? それだけ? 皿洗いとか、すればいいのかな?)
 もっととんでもないことを要求されるのかと思っていた達樹は、なんだか肩透かしを食らった気分だ。
 有り金全部寄越せとか、指つめとか。えーと、臓器売買とか。
「はあ、それくらいなら、全然構いませんが・・・」
 ホールだろうが裏方だろうが、任せろ! だってファミレスでバイトしてたことあるんだよ、俺!
 けっこう優秀だって店長に誉められたんだもんね!
 しかし、隣でリヒトは頭を抱えていた。
 まるで世間を分かっていない。いや、常々思ってはいたが、本当にとんでもない世間知らずなぼくちゃんだ。
「あのな、タツキ・・・」
「よっしゃ! ぼうやの承諾は得た。みんな聞いたな!」
「おおー!!」
「俺、一番客になるぞ!」
「なにを言う、俺が先だ!」
 賭けをしていた男たちだけでなく、よそのテーブルからも声がかかる。
 あれよあれよという間にとんでもない雰囲気なっている店内に、ようやく達樹は、どうも「店で働く」ことが皿洗いではないらしいと思い至った。
「あ、あの、もしかして・・・」
 リヒトは二階を顎で指した。
 二階に上る階段に、やけに胸元をはだけたお姉さんが色っぽい目つきで男にからみついていて、そのただならぬ空気に達樹はぎょっとした。
(あ、あれって、もしかして、いや、もしかしなくても)
「この手の田舎の居酒屋の二階は、たいていアレだ」
 えーと、つまり。
 今晩働くって、つまり、あのお姉さんみたいなことをするって、ことで。つまり、春をひさぐってやつで。
 要するに、男娼として働く、ということだ。
(ぎゃあああ!! 不健全!! これが大人の世界!!?)
 む、無理です俺! みなさんに喜んでいただけるようなスキルないです!
 さっと青ざめた達樹の肩を抱き、リヒトはゆっくりと立ち上がった。
 勝負する気がないその態度に、周囲の空気がみるみる険悪なものになるのが分かった。
「おっと兄ちゃん、どこ行くつもりだ?」
「俺らはそのぼうやと勝負があるんだ」
「勝手に連れて行かれちゃ困る。さ、座んな。とっとと始めようぜ」
「―――断る」
 魂が凍りつくような、低い声だった。
 肩を抱かれていた達樹でさえも、びくりと震えてしまうほど。
 ダン!
 重低な音がしたのは、テーブルの上だった。
 樫の円卓に長剣の切っ先が突き刺さり、サイコロのひとつが、真っ二つに切断されている。
(え?)
 目を開けていたはずなのに、その速さは見えなかった。
 いつの間に抜いたのか、その剣は、たしかにリヒトのものだ。
 シン、と静まり返った店内。リヒトは無言でサイコロのかけらを指先で拾った。
「ふん、やはりな」
 冷ややかに鼻で笑い、眼前の男にそれを突き出す。
「途中ですり替えたか。―――どうしようか? これを証拠に騎士団におまえを差し出してもいいし、さっきの勝負を取り消してもらえるならば、今日の飲み代くらいは俺が持ってやろう。もちろん、ここにいる全員の分だが」



 男とリヒトはしばらく睨みあっていたが、やがて男のほうがあっさりと肩をすくめて降参のポーズをとった。
「まいったね。どうも、兄ちゃんには敵わねえようだ。おい、てめーら、文句はねえな!?」
「ちっ、しょうがねえ」
「大人しく奢っていただくとしようぜ」
 と、男の言葉を合図に、店内はふたたび元の賑やかな喧騒に戻った。
(よ、よかった・・・)
 ほっと胸を撫で下ろす。
 さすがは王子様! やるじゃん、サンキューな! 見直したぜ、ただのセクハラ王子じゃないんじゃん!
 と、にっこりリヒトを見上げたのだが、ギロリとそのリヒトに睨まれて達樹は固まってしまった。
「ぼくちゃん、今度からは勝手な真似をするな」
(うぎゃあ! やっぱり怒ってますよね! そうですよね!)
「は、はい・・・すみません」
 とんだ世間知らずでした! と、達樹はひたすら小さくなった。
 リヒトのフォローのおかげか、それから店内の空気は悪くなかった。今晩の飲み代がチャラになったのだ。いい奴だなあ、と歌いだす者。踊りだす者。
 吟遊詩人だと自称する者もいた。
 達樹はそういった職業の人間をはじめて見る。日本にそんなジャンルの職業はないのだから、あたりまえか。それはゲームのなかだけで、もし進路希望の用紙にそれを書いて提出しようものなら、即刻親を呼び出される。
 吟遊詩人の歌はそのほとんどが騎士と貴婦人の愛を大仰に歌ったものだったが、なかには昔外国に現れたという神子の歌があり、達樹はドキッと心臓を高鳴らせた。
 その神子は、黒髪と黒い瞳をもつ青年で、双子神の使いであったという。
 不思議な御技を持っており、彼の言葉は予言であり、彼の見る夢が王家を救うに役立ったそうだ。二つに分断されていた王家を結びつけ、そして王国を救ったらしい。
(な、なんですと!? 御技だなんて、なんてうらやましいんだ!)
 どうせなら、そんな便利な力が欲しかった。
 美少年なんて役に立たない!貞操を守るための剣技なんて余計なお世話! もらった神剣は王都のリヒトの屋敷に置きっ放しになっている。使う気もない。だって怖いし!
 危険が迫ったら走って逃げるつもりの達樹である。



 彼らの歌は、過去、現実にあったことの真実を歌っているのだという。
 だとすれば。
(もし俺が、この仕事を成し遂げて)
 でも神子であることがばれてしまったら。
 いつか未来に、こうして吟遊詩人たちの歌になるのだろうか・・・?








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