第2章 28 「」が異世界語・『』が日本語 その素早さに、達樹のほうが呆気にとられてしまった。 (え? え? え?) 俺、買われなかったの? 売れ残った? え? じゃあどうなんの、これから? たらり、と背中に流れた冷たいものが冷や汗だと気付いたのは、ギヨームの怒りをこらえた形相が目に入ったからだった。 「・・・ちきしょう・・・クリイガの奴めェ・・・」 ギシギシと歯軋りの音さえ聞こえてきそうなほど、紅潮した顔が憤懣みなぎっている。 (うぎゃあ! 般若のお面みてえ!!) 人間が真剣に怒るとこんななるんだ! 頭から湯気って、ホントに出るんだ! すげえ! マジでマンガみてえ! 達樹があえてどうでもいいようなズレたポイントに感心したのは、現状から目を背けたかったからかもしれない。 ギヨームのまわりに仲間たちが寄って来たが、みな一様に怒りと不安の混じったような奇妙な表情をしている。 「兄貴、どうすんだよ・・・?」 「クリイガの旦那が言ってた通りかもしんねえぜ? たしかにさ、このお嬢ちゃんはヤバかったのかもしれねえ・・・」 「でもよぉ、素性なんざ、クリイガの旦那にも分からねえことが俺らに分かるはずがねえし」 「なあ、兄貴、俺ら顔を見られちまっているし、どうする?」 「うるせえ! 黙れ!」 仲間たちが次々に洩らす泣き言を、ギヨームが一喝した。 「売れねえモンはしょうがねえじゃねえか! あんなケチなアヤがついたもんなんざ、こっちから願い下げだ! 金目のもんだけ盗って殺すしかねえ!」 案の定、さきほど達樹が目を背けようとした展開になろうとしていた。 ギヨームのあまりの気迫に達樹の背筋がぴしりと音を立てて凍る。 たしかに、いくら女神の祝福を受けた美貌でも、売り物として捕らえたからには売れなければ意味がない。幸いにも身に着けた宝飾品が超がつく一級であるようだからまだ苦労は報われるのだろうが。 しかし達樹自身はというと。 小柄とはいえ人ひとり、このまま連れて歩くわけにもいかないのだから達樹はこれから足手まといにしかならない。 男たちの腰元には、安っぽいナイフの鞘がそれぞれ提げられている。 ついさっき喉に突きつけて脅されたのはギヨームのナイフだった。 その、鈍く光る白刃が、ふたたびギヨームの手にゆっくり握られるのを達樹は見た。 「っ・・・!」 思わず腰で後ずさろうとして、しかし身体がまったく思うように動かず愕然となる。 ほんの少し、一歩。ギヨームたちの輪が詰め寄って縮まり、達樹に近づく。 また一歩。 ロウソクの明かりが揺れ、男たちの影を床板と達樹の上に濃く落とす。 また、一歩。 (俺、殺される、って、マジで・・・?) え? あの。 ほんとうに。 俺、ここで、死ぬ、の・・・? 「―――なあ、兄貴ぃ」 湿気の濃い猫なで声と、ごくりとつばを飲み込む音が聞こえて達樹の背筋をさらに凍らせた。 「分かってるさ・・・」 応えたギヨームの声にも不穏な色がこもっていた。 「ただ殺すんじゃァ、俺の気も収まらねえさ。せめて犯り殺さねえとなァ・・・」 「ひっ」 途端に、四方からいっせいに腕が伸び、達樹は床に縫いとめられた。 かろうじて頭を打たないように首を反らしたが、両肩は床に強く打ちつけてしまいその痛みに顔をしかめる。 「いっ・・・」 「おっと、騒ぐんじゃねえぞ? 鳴くなら別の声で鳴きな」 「すぐに良くしてやるからなァ」 「!」 引き裂かんばかりにマントが剥ぎ取られ、すぐに長衣が胸の上まではだけられた。 長衣の下に穿いていた乗馬用の袴は乱暴に脱がされ、薄布の下穿きが破られるとすぐさま両脚を割ってギヨームの身体が圧しかかってきた。 腿をつかまれ、裸の下肢がむき出しにされる。 「やっ、やめ・・・!」 「ご開帳っと、こりゃいい眺めだ。なんてェ白さだ。この肌! 赤ん坊みてえだぜ。まったくこんな美人、初めて見た。よっく拝んどくとするかァ」 「俺らとおんなじ男たぁ思えねえなあ」 ギヨームの横にいる男が達樹の芯を指先で摘み上げた。 「ほれ、見てくれよ。なんとまあ、可愛いねえ・・・。なあお嬢ちゃん、これ、おじさんがコスってやろうか?」 「あっ!」 かさついた指の皮が敏感な芯の先に触れ、達樹は思わず声を洩らした。 同時に別の男が達樹の胸に吸い付く。 「やっ・・・」 「舐めてくれよ」 男の一人が無理やりに達樹の口に彼の一物を押し入れようとし、首を曲げて抵抗すると前髪を鷲づかみにされた。 「・・・!」 「いい子だから、ちゃんとしゃぶってくれよ?」 「嫌っ・・・!」 頬ごと顎を掴まれてさらにこじ入れようとするのを、させるかと口を引き結ぶと、じれたように唇の上からそれをこすりつけられた。と同時に、男がうめき青臭いしぶきが放たれる。 「!」 「ぎゃはは! なんだ、おめえ、もうイッたのかよ」 「早すぎなんだよ!」 だってよぉ・・・と頭をかく男の、萎えた杭からこぼれる白濁が、達樹の頬や額にまで飛び散っていた。 いつのまにか背中でしばられていた両手の縄は解かれて、片腕ずつ引っ張られ、それぞれ脇にいる男たちの股の奉仕を手伝わされている。 よいしょっ、と掛け声をし、ギヨームが達樹の下肢を腰ごと持ち上げた。 「俺のは口じゃなく、ここで気持ちよくしてくれよ・・・?」 ひんやりと澱んだ空気が、ギヨームの短い指とともに隠されていた最奥の蕾に触れる。 いきなり二本の指で小さなそこをこじ開けようとし爪が当たった。 「や、やめて・・・!」 「すげえ・・・思った通りこりゃ狭そうだ」 「兄貴、順番だぜ?」 待ちきれないとばかりに、隣の男が鼻息を荒くする。 「そう慌てんな。時間はたっぷりあるん―――」 なんの爆発かと思った。 混乱が大きすぎて、これ以上のアクシデントなど有りえないはずだったから。 ドンッと、扉が蹴破られる大きな音がして、自分を押さえつけている男たちの肩の向こうにその顔を見つけたとき。 達樹は絶対これは幻なのだとさえ思ったのだ。 狭い小屋のなかで、扉のあった場所からリヒタイト王子がほんの三歩、その長い脚をスライドさせただけで、次の瞬間にはギヨームの身体は彼の足に蹴られて真横に吹き飛んでいた。 「ぎいっ」 獣が唸るような不気味な悲鳴をあげ、壁まで吹き飛んだギヨームはそのまま芋虫のように転がって泡を吹いた。 「兄貴!」 「てめ、なにを―――」 仲間の男たちがそれ以上威勢を張ることはできなかった。 半裸に剥かれ、床板に四肢を投げ出して茫然とする達樹の姿を、リヒトが目にしてしまったからだ。 「・・・」 瞬間、小屋のなかの温度がすっと冷え切っていくのを男たちは肌に感じた。 彼らはギヨームを置いて逃げ出そうとして、我先に小屋を飛び出し、その途端言葉を失った。 何十人という騎士たちが、騎馬のまま、ぐるりとこの小屋を取り囲んでいたのだ。 蜂蜜色の髪をした騎士と、金色の瞳をした小柄な騎士が馬上から男たちを毅然と見下ろし、それぞれの剣をすっと抜き取ったとき、四人の男たちは自分たちが終わったことを知った。 「この剣でおまえたちの首を刎ねることはないけれど、それを残念だとは思わない」 「俺たちは騎士だ。俺たちの仕事はてめえらみてえなしょうもない悪党をとっ捕まえることだが、無駄な争いはしねえんだ。だから今は殺さない。だが、てめえらはしかるべき裁きを受け、最も苦しい方法でかならず死罪になるだろう」 男たちに突きつけたそれぞれの切っ先を微塵もぶれさせることなく、ヒューズとルクスは冷ややかな口調で淡々と宣告を下した。 リヒトが無言で達樹の側にひざまずき、身体を抱き起こしてくれるのを達樹はぼんやりとした頭のまま見つめた。 なんで・・・。 どうしてこいつがここにいるのだろう・・・? リヒトの元から逃げ出してきたはずなのに。 人目に触れず連れ去られ、達樹の居場所など誰にも分からないはずなのに。 かたわらに落ちていたマントをリヒトが拾い上げ、顔や手足の汚れを丁寧に拭き取ると、リヒトは己れが着けている漆黒のマントを外しそれを達樹の肩にそっとかけた。 大きな手が肩に回され、襟元できちんと留められる。 その長い指も、洗練された所作も、なんで懐かしいなんて思うのだろうか―――。 リヒトの顔を見上げると、目が合って深緑の瞳ににやりと微笑まれた。 「探したぞ、ボクちゃん」 「っ・・・!」 目のまえが歪んだのは、その途端、一気にぶわりと涙が溢れ出たからだ。 (俺・・・た、助かった・・・!!) 助かったんだ! 達樹はリヒトにしがみつき大声を上げて泣いた。 (お、俺・・・俺・・・!) リヒトは広い胸で達樹を受け止め、髪を梳き、静かに背中を撫でながら、時折りあやすようにぽんぽんとその背を叩く。 ひっくひっくとしゃくりあげながら、達樹がふたたびリヒトを見上げると、親指の腹で優しく目元を拭われた。 視線を合わせたまま寄せられた顔に思わず目を伏せれば、すぐに唇が合わさった。 形を確かめるように何度も食まれ、強く、弱く、角度を変えて。 舌の代わりにお互いの吐息を絡め合うような。 これは慰められているのだろうか、それとも癒してくれているのか。 泣き疲れた呼吸を邪魔しない優しい口付け。 ―――いや、甘えさせられてるんだ・・・。 この腕の強さも、胸板の硬さも、温もりも、服の上に立ち昇るこの男の匂いも。 すべて達樹が知っているものだ。 どうしてだろう? 俺、いま、めちゃくちゃ安心してる・・・。
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