第3章 7 「」が異世界語・『』が日本語 ユーフィール王国には35もの騎士団があるが、そのうち近衛騎士団というのはおもに王城警護にあたり、その任務のうちには王族やそれに次ぐ要人の警護、また王城内にある神殿の警護も含まれている。 王都サンカッスと王領を守護するカリフ騎士団とはまた別のものである。 近衛騎士たちは宮廷の中心にいることが多く、政治に触れることもあるその任務の特殊性から、選ばれるのは大抵は貴族の子弟であった。 もちろん一般からも選ばれることもあるが、しかしそれには身元確かかな人物からの推薦が必要であり、しかも、見目良い者という暗黙の条件がついた。外国からの貴賓を迎える際や、王都の祭での街中行進など、揃いの白い制服を身に着けた近衛騎士たちの騎馬姿は圧巻で、決まって女性たちからは感嘆の声がもれるのだ。騎士の中では最も花形の位置にあるといって過言ではない。 王都には他にローカイム騎士団というのが存在するが、こちらは国内の重犯罪の捜査が管轄であり、治外法権になりがちな地方領主たちへの追求も許されているため、国内中を(あるいは国外にまで)駆け回り、王都に本拠地はあれど騎士たちがサンカッスに常駐しているとは限らない。 そして王都に次ぐ重要都市であるキリンにキリン騎士団というものがあるように、ハリア大陸のほとんどを埋め尽くす広大なユーフィール王国の各地方ごとに、それぞれの地名を冠する地方騎士団があり、国土の端に至るまでの守護を担っている。 また、王が勅命する深緑の騎士というのは、能力、人格、人望、すべてにおいて優れているとされる騎士に対して王が直接指名して与える称号であり、それ自体は騎士団を形成するものではない。 表向きは近衛騎士と同様、王城警護を本務としているが、その実態は王の私兵であり、側近である。 ローカイム騎士団の結成と深緑の騎士の称号授与は、カインベルク王が即位した翌年から制定されたものであった。 目の前にかしずく近衛騎士の長たる男を、達樹は瞠目して見下ろした。 今は身体の線に沿った独特な作りの騎士服は身に着けず、他の貴族たちと同様の長い上衣をまとっているのだが、それでもがっしりとした筋肉が分かるほどの大変な偉丈夫である。ヒューズの叔父であるならばそれなりの年齢であるはずなのに、いや、だからこそ持ち合わせているのだろう、大人の男の艶を感じさせる中年で。 精霊殿の御手への口付けを―――。 と請うた台詞がどこまで本気だったのか。 その途端、片眉を上げておのれの腕の中に達樹を隠してしまったリヒトの姿に、カーライルはふっと笑みを浮かべさっさと立ち上がった。 「これはこれは・・・減るものでもあるまいに。それとも、他人が触れれば本当に消えてしまうのかね? その精霊殿は」 飄然と肩をすくめ、がっしり男らしい顎をニヤニヤと撫でながら寝台の二人を見下ろす騎士団長の男に、リヒトは怫然としながらも静かに応酬を返す。 「他人に触れさせるつもりはないし、なによりあなたに見せるのが惜しいだけだ」 「それほどとは・・・。ふふ、これはやはり見に来て正解だったな」 ヒュウッと軽薄な口笛を吹き、途端に満面の笑みになったカーライルの反応に、リヒトは眉間の皺を深めたようだった。そしてそんな王子の様子に、カーライルはまたしてもくつくつと笑いをこぼしている。 (うぎゃっ。なんかこのひと、掴みどころがないかんじっつーか・・・) ヒューズ以上に、難儀な性格をしているような気がする。 達樹はずっと以前に、カリフ城へ連れて行って欲しいと言ったときのリヒトの渋面を思い出した。 ―――おまえに会わせたくない奴がいる。 それが誰であったのか、あのときは誤魔化されてしまったが、確かにリヒトはそう呟いていた。それはもしかしたら、この男のことだったのだろうか? (険悪な仲ってわけじゃあ、なさそうなんだけど・・・) ならばリヒトが、単に本当に達樹に会わせたくないと思ったのだろう。 寝台のそばの椅子をに腰かけてから、「それにしても」と、ふいにカーライルは笑みを消して唇を尖らせた。こういう少年のような表情も、じつに様になる男だ。 「その傷だが、縫合までしたそうだね」 そう言ってちらりとコーノに目をやると、「12針ほど縫いました」とすかさず従騎士から応えが返ってきた。 (うぎゃああっ! 12針! 痛い!) ほんっとすみません!!! 青褪めて思わず身じろぎした達樹の肩を、リヒトはぽんぽんと優しく叩いた。気にするな、ということだろう。 うう、お気遣いどうも・・・。 「深かったので縫いはしたが、先ほども言ったが大した怪我ではない」 「うん。だが、それでもその様子では、半月後の御前試合は無理だなあ」 「それまでには治るだろう。どうだ、コーノ?」 「ぎりぎり抜糸には間に合いますかね」 「駄目だな。そちらは利き腕だろう? 試合に出たところで全力は出せまい。やはり今年は辞退したほうがいいね」 「私もそのほうがよいかと思います、殿下」 「そうだな・・・」 (―――御前試合?) って、なに? 腕の中にいる達樹が小首をかしげたのが伝わったのだろう、気が付いたリヒトが顔を覗き込んできた。 「どうしたボクちゃん?」 「あ、いえ、その・・・試合って・・・」 いったい、何の。 「御前試合というのはね、精霊殿」 達樹は目の前にいるリヒトに聞いたのだが、答えは背後のカーライルから返ってきた。振り返ると、近衛騎士はまっすぐに達樹を見つめている。 「毎年茎月の新緑祭で行われる王宮の恒例行事だよ。各騎士団の代表者が、カインベルク陛下の御前で試合をするんだ」 「お、王様の・・・?」 カインベルク王の、前で? (それは、ってことは―――) 「そう。もともとは各地方の騎士団の交流のために始まったものだが、今ではそれぞれの威信をかけた力比べといった意味合いが強いな。もちろん優勝者と、その優勝者の所属する騎士団には王から褒美がもらえるから、みな熱も入る」 それだけではない。あのカインベルク王の御前で己の剣の腕前を披露できるというだけで、騎士たちにとっては大層な名誉なのだそうだ。 「我が近衛騎士団からの去年の代表者がリヒタイト殿下でね、惜しくも優勝には至らなかったが、いいところまで残っていたな。それで今年も・・・ということになっていたのだが。残念だ。ああそうだコーノ、殿下の代わりに君が出るかい?」 いきなり話を振られたコーノは「とんでもない!」と褐色の首を大仰なまでに振って断っていた。 「なにを仰るんですか。私はルクスさんとは違いますよ」 「ルクス・ゴートか。ふふ、あれはとんでもない伏兵だったな。もう三年前になるのか、殿下の推薦で出場してみれば、当時従騎士の身分でありながら名だたる騎士たちを押しのけて優勝。挙句、陛下に気に入られてその場で騎士の位を叙勲し、同時に深緑の騎士の称号まで戴いてしまたのだから。あのときの騒ぎは今でも王都の伝説になっているよねえ」 「本当に・・・。そのルクスさん後任で私が殿下の従騎士に就きましたから、私まで強いと思われてしまって困ります。私は剣の腕はからっきしですよ」 「おや、そうなのかい?」 体格はいいのにね、とカーライルは残念そうに笑って肩をすくめていた。 そんな二人の会話は、途中から達樹の耳には入っていなかった。 ただ、先ほどカーライルが言った言葉が頭に残っている。 カインベルク陛下の御前で試合をするんだと、彼は言ったのだ。 (王様に、会える・・・?) 試合に出れば? 今はリヒトの命令でこの屋敷から一歩も外に出られない状況にある。 カリフ城に入ることさえもできないでいるのに。 直接、王に会うことができるならば、それは―――。 王に女神への篤い信仰を願う、 これは、 絶好のチャンスではないか? 「あ、あの。殿下」 「・・・なんだ?」 達樹は、リヒトの夜着の胸元あたりを、ぎゅっと握った。 「あの、私が、殿下の代わりに、その試合に出ることは叶いませんか?」
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