第3章 8



   「」が異世界語・『』が日本語



「あの、私が、殿下の代わりに、その試合に出ることは叶いませんか?」


 とっさに口走ってしまった言葉に、案の定、リヒトはひどく驚いた顔をした。
 なにを言い出すんだ、と言わんばかりに深緑の瞳が瞬きもなくまっすぐに達樹を見据える。
「なにをいきなり―――」
「ふふ・・・もしや精霊殿は、殿下の傷を負わせた責任を取りたいと思っているんじゃないのかね?」
 なんとも健気なことじゃないか、と愉悦を含んだカーライルの笑い声にリヒトは眉をひそめてじろりと男を一瞥し、「そうなのか?」と腕の中の達樹を見下ろした。
「いえ、その、あの・・・」
 うぎゃっ! 責任とかって、そんなつもりじゃあ、ないんですけど・・・。いや、そりゃ怪我させたのは申し訳ないですけど、でもそれとこれとはちょっと話がですね・・・。
 えーっと、あの、その・・・。
「精霊殿は剣の腕に自信がおありか?」
 突然、面白そうに達樹の華奢な肢体を眺めていたカーライルにそう問いかけられ、達樹はうっと言葉を詰まらせた。
(うぎゃっ! そういや俺、剣なんて)
 使えねーよ!
 使えるわけないじゃんか! うぎゃっ、俺のバカ!!
 すんませんでしたあっ!
「それは・・・」
 やっぱり無理でした!
 と否定しかけて、しかしすぐに思い直して小首をかしげる。
(・・・あれ? そういや?)
 この世界に降ろされたときのことを思い出す。
 女神リーラ様から与えられた祝福は、妙なる剣技だったはずなのだ。

 ―――男ならば戦って災いを退けよ。

 たしかにそう言われて女神の手のひらから光りを浴びた。銀色の抜き身の刃に美麗な細工のほどこされた、いかにもな神剣だって無理やり与えられたのだ。
 その剣技を、結局今まで一度たりとも確かめたことはないのだけれど。
 女神が彼女たちの神子に与え給うたものだ。
「た、多少は」
 使える。と、思う!
 うん俺、女神様を信じます!
「ほう。では、私が一振り型を見て進ぜよう。コーノ、殿下の練習用の剣があるはずだろう? それを貸してくれ。ああ、この部屋は広いから、打ち合うわけでもなし、ここでいいな」
「・・・カーライル団長、無茶な真似はやめてもらおうか」
 あからさまに眉をひそめたリヒトの諌言は、しかし無邪気な笑顔で一蹴された。
「型だけだよ、殿下。一振り見るだけだし、練習用の剣ならば刃は引いてあるんだからいいじゃないか。納得できれば殿下の代わりなどと言わず、私の権限で推薦枠を用意してあげよう」
 隣りの居間に置かれていたのか、すぐさま用意された二振りの長剣をコーノから受け取ったカーライルは、椅子から立ち上がりそして一本を達樹に差し出す。
「これを」
「あ、ありがとう、ございます・・・」
(うぎゃあっ! 型とか、知らないんだけど、分かんないけど、なんとかなるよね!?)
 だって女神様が祝福してくれてるはずなんだもんね?
 ね!?
 緊張した面持ちで、カーライルから剣を受け取るべく、達樹は手を伸ばした。
 ―――が。


「あ」


 一度受け取ったその長剣は、受け止めきれずにすぐに鞘ごと達樹の手から滑り落ちてしまった。
 どさりと、重量のあるそれが寝台下に引かれたラグの上に落ちたのを、受け取るはずだった達樹はおろか、手渡したカーライルさえも驚いて見下ろした。
「・・・」
「・・・」
 室内に、無言の空気が流れる。
 リヒトがすぐ側で小さく溜め息を吐いたようだった。
「あっ、あの、これは、その・・・!」
(ええええ! うぎゃあああ! 落っことした! だってチョー重てえっ!!)
 まさかのずっしり感!!
 持てるか、ンなもん!
 鉄のかたまりじゃん! いやむしろ鋼だって、ハガネ! いやっていうか鉛!
 なにあれ!? なんで!? 普通の剣ってあんなに重いの!? ってか普通じゃないんじゃん!?
 あんなん振り回すとか、ぜって無理じゃん!
 え、でもユーラ様からもらった剣ってそんなことなかったよね!? 俺、とりあえず普通に持ってたよね!?
 って、ことは、俺、あれしか使えないってこと? そんなんあり? って、なにこのいまいち役立たずな祝福!?
 ひどいよ女神様!!



「・・・ボクちゃん」
 リヒトの静かな声が、達樹の意識を呼び戻した。
 腕を伸ばした格好のまま固まっていた達樹は、泣きそうな顔で王子を振り返った。
「あ、あの・・・私・・・」
「気にすることはない。それは俺が特別に誂えた練習用の剣で、いくらか重たく鍛えてある」
 リヒトの自由なほうの左手の指が、床に落ちたままの剣を指した。太い骨の浮き出た、長くたくましいその指ならば、特別に重たい剣だって簡単に掴むことができるのだろう。
 王子様は、その長剣に相応しい立派な体躯を持っている。
 両腕に囲まれてしまえば、達樹の身体などすっぽりと覆い隠せてしまえるほどの。
 深緑の瞳の埋まった、その精悍な顔さえ鋼の剣に相応しくて―――。



「剣の試合に出たいなど、言ってくれるな」
 困った奴だなと、優しい微苦笑をリヒトは浮かべる。
「怪我でもしたらどうする。剣の傷は痕になるんだぞ」
「き、傷跡くらい・・・」
 斬られた傷など達樹には想像できないし、怪我して痛いっていうのは嫌なのだけど、傷跡などは多分気にしない。
「私は、男ですし、そんなのは」
 それに女神様だって、達樹に戦えと言って神剣を寄越したのだから。
 ここは日本ではないのだし、多少のサバイバルはとっくに覚悟もできている。
 だがリヒトは、達樹をじっと見つめ、俺が嫌なんだ、と否定した。
「おまえの身体に、傷が付くのが許せない」
 だから、危険なことはしなくていい。
 そしてリヒトは腕を伸ばして、宥めるように達樹の頬にそっと触れた。
 分かったな。
 そう確認して覗き込む、深緑の眼差しがひどく甘くて―――。
 頬を包み込む大きな手が。
 目じりを撫でる優しい指が。
「俺のものだ、タツキ―――」
「!」


 だ、だからなんでそーいうくさいことを平気であっさり口にできるかなこの根っから王子様は!!


 そんな台詞を。
 そんな顔で、そんな声で。
 こんなに間近でささやかれてしまっては。
(か、顔が―――)
 赤くなって、しょうがないじゃんか・・・。
 動揺した自分の変な顔を見られたくなくて。
 思わずぎゅっと目を瞑り、不自然なくらいにしっかり俯いてしまった。








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